ハンターと飲食店をマッチングさせることで、
ジビエの魅力をさらに広げる
高野沙月
株式会社Fant 代表取締役。
北海道音更町出身。明星大学造形芸術学部を卒業後、東京でグラフィックデザイナーとして勤務。2016年北海道上士幌町にJターン。2019年株式会社Fant設立。2022年「J-Startup HOKKAIDO」に選定される。
星野
よろしくお願いします。ジビエの流通に関わる会社「Fant(ファント)」を立ち上げられて、ご自身もハンターでいらっしゃる。そんな高野さんのお話を聞けるのを楽しみにしてきました。
高野
こちらこそよろしくお願いします。じつは試食していただきたいと思って、今日はこれを持ってきました。
狩猟の話が軸になるだけに、話題の入り口となったのはシカの生ハム
星野
すごいですね、これは。生ハムですか。
高野
はい、生ハムをスライスする前のかたまりです。木のように見えることから原木(げんぼく)って呼ばれています。
星野
なるほど、確かに木みたいですね。
高野
これは去年の7月ごろに獲ったシカで、うちの施設で解体して、札幌にある生ハム加工工場さんでつくっていただいたものです。まだフレッシュなので野性味が強めですし、香りもシカっぽさが残っていて好みは分かれるかもしれないですけど。
星野
あ、美味しい。私、こういうのは好きですね。ホテルの魅力をつくっていく仕事の一環として、日本の地方文化や料理を考えることは多いですけど、いまジビエが注目されるのはよくわかりますよ。そこにいい素材があるなら、きちんと活かしたいですからね。うん、これはいいな。
さまざまな地方の名産を口にしてきた星野も絶賛。「さすが、北海道のシカは旨味が強いですね」
高野
よかった。いろいろ試してみたんですが、お肉としての存在感が強いのでじゃがバターにのせたりすると美味しいですし、塩味の少ないモッツァレラ系のチーズなんかともよく合います。
高野さんおすすめのひと皿。生ハムの塩気と香りが、じゃがいもの甘みを引き立てる
星野
なるほど。そうやって食の楽しみが広がっていくのは素晴らしいことですよね。じつは星野リゾート トマムでもジビエに力を入れていて、この「OTTO SETTE TOMAMU」のお料理は素材もいいし独創的だと、お客様からも良い評価をいただいています。
ジビエにも力をいれているOTTO SETTE TOMAMUで提供される「エゾシカ肉のフリットゥーラ」
高野
先ほど仕入れのシカを拝見したんですが、すごくいいものでしたね。
OTTO SETTE TOMAMUのシェフ武田(左)を交えて。雑談の中にも、ジビエの幅広さやその味わいについての深い話が繰り広げられた
星野
大きなかたまりだったでしょ。仕入れるときには、比較的大きな状態で仕入れているんですよ。そうすることで若手のコックさんたちの解体の技術向上につながります。シェフも素材とじっくり向き合うことができるので、インスピレーションを得られるみたいですね。
高野
そうやってジビエを積極的に取り入れてくださるレストランが増えてくれることは、ほんとに嬉しいと思っています。
星野
高野さんがジビエと関わるようになったのは、どういうきっかけからですか?
高野
私、北海道の十勝平野の出身なんです。東京の美術系の大学を出たあとは都内でグラフィックデザイナーをしていました。そのとき、たまたま三軒茶屋でジビエのお店に入ったら、ものすごく美味しかったんです。
星野
うんうん。
高野
味が力強くて、濃厚で複雑で。ジビエってこんなに味わい深いものなんだ、ってビックリしたんです。そのお店には猟銃の模型が飾ってあったんですが、それを見たときに "そうか!これがあれば、ジビエ食べ放題だ!!" って思ったんです。
終始明るい笑顔が印象的だった高野さん。ジビエを食べる話になると、その笑顔はいっそう輝いて見える
星野
その発想はなかなかユニークですね。美味しい、もっと食べたい、それなら自分で獲ろう、ということですか?
高野
はい。
星野
それで、どうなさったんですか?
高野
調べてみたら狩猟をするためには狩猟免許と、銃の所持許可が必要だということが分かりました。それで狩猟免許の勉強をして、試験を受けました。同時期に書類を揃えて、所轄の警察に行って銃の所持申請もしたんです。
星野
銃の所持許可、っていうのがあるんですね。知りませんでした。でもそれは、くださいといってすぐくれるようなものじゃないですよね?
高野
はい。まず筆記試験と何種類かの実技試験があります。実技は実際に銃の扱い方を見られるので、けっこう難しいんです。それに受かると身辺調査があります。
星野
身辺調査?
高野
会社の上司や友人や実家に警察から連絡が来て、この人は銃を持っても大丈夫な人ですか、って確認されるんです。
星野
身辺調査はイヤだなぁ(笑) でも試験の結果だけで判断するんじゃなくて、所持しようとしてるのが人としてどういう人なのか。それを知るために周りの人に聞いてみる、っていうのは理にかなってますよね。
高野
そうですね。私も身辺調査の時はちょっと心配で。銃の所持許可がもらえるかどうかよりも、自分は周りからどう見られてたんだろう、心の中であの人は....て思われてたらどうしよう、っていうほうが気になりました。
「え、そうなんですか?」「そんなことになってるの?」「へぇ〜、知らなかった」と、狩猟の話に星野は感嘆を繰り返した
星野
でもまぁ、なんとかなった(笑)
高野
はい。どうやら周りの人には、そんなに心配はかけてなかったみたいです(笑) それが済んだら精神科に行って、私自身が精神的に健康ですっていう診断書を書いてもらいます。
星野
やっぱり銃を持つっていうのは大変ですね。それで、ジビエは食べ放題になったんですか?
高野
それがそうはいきませんでした。東京に住んでいたので、奥多摩などの山間部で狩猟をすることも考えたんですが、どうしてもフィールドが限られてしまいます。狩猟に出かけること自体が大変なんです。
星野
そうですよね。ハンターは獲物がいるところに行かないといけないですもんね。
高野
はい。それなら狩猟が盛んな北海道に帰ったほうがいいなと思って、地元に帰ることにしました。
星野
一大決心をいとも簡単に、ですね。そのレストランでジビエに感動してから銃を手にするまでは、何年くらいかかったんですか?
高野
たぶん半年くらいです。
星野
半年! じゃあもう本当に、わーっと進んだ感じですね。
テーマが ”狩猟をどうやってビジネスに変えていくか”に移っていくと、対談は経営者どうしのユニークな意見交換へ
高野
はい、自分でも驚きました。
星野
それってすごいですよね。だって東京でデザイナーやってた人が、地元に帰って猟銃を持つようになるんですよ。ジビエレストランで、人生変わっちゃうぐらいの衝撃を受けたんですもんね。高野さんのなにかと、ジビエっていうのがものすごく共鳴したんでしょうね。いやぁ、すごいなー。
星野
北海道に帰ってからはどうなさったんですか?
高野
実家から少し離れた上士幌町っていうところで3年間、町役場で働いてたんです。その間に地元の猟友会に所属して、週末は狩猟をやっていました。
星野
なるほど。その3年間で狩猟を勉強して、いろいろなノウハウを身につけていったということですか。
対談会場となったOTTO SETTE TOMAMUはリゾナーレ トマム サウス棟の31階。窓からは自然の山にとけこむような、トマムスキー場を見下ろすことができる
高野
そうです。
星野
じゃあその間は、ジビエ食べ放題?
高野
はい。いろんなジビエをいろんな調理法で試してました。
星野
夢が叶いましたね。高野さんみたいに地方に戻ってきてハンティングをするっていう人は増えてるんですか?
高野
ここ数年は若い世代のハンターが増えてます。
星野
すると皆さん、高野さんと同じように猟友会に入られるわけですか。
高野
それがそうでもないんです。昔は狩猟を始めるとなると猟友会に入って、先輩ハンターについて、いわば徒弟制度のようななかで技術やノウハウを身につけていきました。けれど若い世代のニーズは変わってきています。たとえば猟友会は高齢の方がほとんどですが、そのコミュニティになじめない新人ハンターには、なかなか活躍の機会が巡ってこないんです。
星野
なるほど。
高野
そういう若いハンターと触れ合うことも多かったので、なんとかしたいと思って、町役場で働いているときにハンター向けのSNSを立ち上げました。
星野
SNSですか?
高野
はい。昔ながらの狩猟の世界観になじめない新人ハンターは、誰に教えを請えばいいのかわからない、どこで狩猟をすればいいのかわからないという戸惑いがあります。それならお互いに、どこでどんな狩猟をした、そのときにこんなことが問題になった、という情報を共有できれば、自分たちで問題解決ができるんじゃないかと思ったんです。
ジビエを食べたい、から始まった高野さんの情熱は、狩猟での困りごとを少しでも解決したい、へと変わってきた
星野
それはいいですね。たくさんのハンターが集まったんでしょうね。
高野
はい。最終的にサイトの登録者は1300人ぐらいいて、活発な意見交換ができる場になっていたと思います。
星野
悩みを抱えている新人ハンターがそんなにもいらっしゃるんですね。
高野
そうなんです。だけど、そのハンターのSNSではマネタイズができていなかった。というか、そもそも狩猟そのものが、マネタイズの難しさをもっていて。
ときには星野の若い頃の経験が、高野さんが直面する問題を解決するヒントに繋がる場面も
星野
いままで伝統的な日本のハンターは、どうやってお金を稼いでいたんですか?
高野
穫れたものを買い取ってもらって現金化、という形ですね。獲物の値段に大まかな目安はありますが、着弾した部位や個体差によって価格が変わるので、獲ってみないといくらになるかわからない、というところがありました。
星野
それではハンターを職業として捉えるのはきびしいですね。
高野
それもあって、ジビエを軸になにかできないかと考えていました。そのときちょうど、十勝の19の市町村と地元銀行さんが協力する企業化プログラムに参加する機会があったので、いまのFantのベースになるアイデアを持って行きました。そしたら嬉しいことに札幌のベンチャーキャピタルさんにお声がけいただいたんです。
星野
そういうことだったんですか。それで起業につながると。
高野
はい。最小限の機能でスタートを切ったのが2021年の春、本格的なサイトオープンは2022年の秋なので、本当に生まれたばかりの会社です。
星野
とはいえ、なかなかにユニークですよね。中心になっている事業はどんなものですか?
高野
いろいろありますが一番わかりやすいものでいうと、飲食店のジビエ需要とハンターをつなぐwebアプリです。
Fantはインターネットを使ってジビエの流通を効率化しようとしている。その鍵になるのがアプリの導入だ
星野
このサイト(https://fant.jp)ですね。「ハンターの方はこちら」「ジビエを購入する方はこちら」ってありますね。
生々しくなりすぎず、かといって命を軽んじる空気にはしたくなかったというFantのトップ画面。元デザイナーという高野さんのセンスが見事にいかされている
高野
いわゆるネットショップは在庫のあるものを注文しますが、Fantの場合は少し違っています。サイトを経由して、購入希望者はあらかじめ価格設定されたジビエをオーダーします。
Fantのシステムを支える登場人物たち。ハンターや飲食店だけでなく、食肉処理施設までをひとつの輪として捉えている
星野
まず購入希望があるんですね。
高野
そうです。オーダーはハンターに公開されるので、その獲物を提供できるというハンターは名乗り出ます。そのハンターと購入希望者をマッチングさせてから、ハンターは猟に出る、という形をとっています。こうすることでハンターは猟の前に、どんな獲物がどのくらいの価格になる、といった条件を確認することができます。
星野
なるほど。だからハンターと購入希望者、それぞれの入口があると。そしてこのやり方ならハンターも、収入のめどを立ててから猟に出ることができますね。
高野
そうなんです。
星野
購入希望者のところには新鮮なジビエが届くし、産地や猟の様子も明確になる。それと、在庫のないものでもハンターが獲りにいけるとなると、飲食店さんのメニューのバリエーションが増えることにもつながりそうですね。
高野
おっしゃるとおりです。お互いにお互いが求めるものを知っておくだけで、ジビエに関わるいろいろなことを効率化できる。その点が、Fant最大の特徴だと思っています。
星野
それにしてもすごいですね。この購入希望者の入り口から拝見してると、いろんなジビエがあるんですね。シカはわかるとしてクマ、カモ、ウサギ、カラスまで。
高野
カモやウサギはよくご存知だと思いますが、カラスなんかもフランス料理店では人気なんですよ。
星野
へぇ〜、カラスが人気とは驚きですね。それで、買うときには獲物を丸ごとですか?
高野
鳥や小動物はそうしていますが、シカやクマは部位ごとにキロ単位でオーダーできます。
星野
それは小わけにして販売ができるように、Fantが精肉を担当してるっていうことですか?
購入希望者向けの画面。部位ごとに単価や注文単位が決められており、登録をすれば誰でもジビエの購入が可能になる
高野
Fantの施設と、Fantと協力関係の食肉処理施設で精肉を担っています。そしてそこが、Fantのしくみを支える非常に重要な部分です。
星野
というと?
高野
ご覧いただいたサイトではハンターとジビエ購入希望者というふたりの登場人物がいますが、その向こう側にはもうひとり「食肉処理業者」という登場人物がいます。
星野
食肉処理業者。つまり、獲物をお肉にする人、ということですね。
高野
ジビエを食肉として流通させるためには、狩猟から一定時間以内に基準をクリアした食肉処理施設で解体しないといけない、っていう決まりがあるんです。これを満たすためには、ハンターと食肉処理施設が密接に連携している必要があります。そのネットワークをつくっていくのもFantの役割のひとつだと思っています。
Fant直営の食肉処理施設で、エゾシカを解体する高野さん(右)。解体にも慣れてきて、早ければ一頭1時間程で処理してしまうそうだ
星野
なるほどなるほど。つまりたくさんの食肉処理施設さんと提携することで、ハンターが獲ってきた獲物をスムースに商品化できるようになる。するとハンターも、オーダーに対して機敏に動けるようになる。それがインターネットを使って狩猟を効率化していくっていうことなんですね。
高野
おっしゃるとおりです。そうした動きを見据えると、私たちも門外漢でいるわけにはいかない、解体や食肉処理のことをきちんと知っていないといけないと思って、2022年には自前の食肉処理施設をもちました。ジビエを小さな単位で販売できるのは、この施設があるからですね。
星野
いやあ、お話のひとつひとつが興味深いですね。
ハンターにはこうしたカスタマーからの評価も伝えられる。ハンターの技能を見える化することで、狩猟の職業的価値を確立しようという発想だ
高野
あと、購入者さんにはジビエの血抜きの状態や匂い、梱包状態なんかにスコアをつけてもらっています。今後はここにもう少しゲーム性を持たせて、評価の高いハンターにはマスター的な称号がつくレベル制度を実装できたらおもしろいなと思っています。
星野
マスターハンターの仕事だと、オーダーに対して完璧な状態のものが届くわけですね。
高野
はい、まさに。いまはハンターが誰なのか、購入者さんには公開してないんです。けれどゆくゆくは飲食店さんにも、この人が獲ってくれました、っていうのがわかるようにしていきたいなと思っています。
星野
なるほど。そうするとハンターにとっては、自分を認めてくれる購入者が増えることにつながるわけですね。
高野
そうですね。あとはうちのレストランはこのハンターにしか頼んでない、っていうことがお店の特徴になったり。
「ハンターを職業として形にしたいんです。そのためには...」と、高野さんはさまざまなアイデアを形にしていく
星野
そうか、そしたら高級レストランから注文がバンバン集中しているマスターハンターみたいな人が現れて、その人からだったらちょっと高く払っても買いたいってことになるかもしれないですね。
高野
はい、そうなると嬉しいなと思ってます。
星野
ということは、ですよ。つまり高野さんがやろうとしてることは、ちゃんとしたハンターをちゃんとした職業にするってことですか。
高野
そうですそうです、その通りです。昔ながらのハンターの世界にある伝統や、そこで培ってきたいいものは引き継ぎながら、若いハンターに成長の機会をつくって、狩猟の結果を無駄なく利用できるようなシステムをつくりたいんです。
星野
ハンターをしっかりしたキャリアのある、普通の職業にする。ハンターの曖昧だった部分を見える化して、それを世のなかに公開していく。それによって仕事の価値を明確にしようっていうことなんですね。
屋外に設置されたこたつで暖を取りながら、狩猟とジビエの未来を語る
高野
まさにおっしゃるとおりです。そうすることで、ハンターがフルタイムである必要もなくなるんじゃないかと思っています。
星野
というと?
高野
兼業農家を表す「半農半X」っていう言葉がありますが、あれと同じように「半猟半X」でもいいかもしれない。たとえば会社勤めをしながら、週末は狩猟をしているというような形ですね。そうした兼業ハンターであっても猟場や獲物の買取価格が安定することで、ジビエを供給するシステムのなかに入ることができると思ってます。
星野
それはいいですね。スキー業界でも、冬の農閑期にスキーガイドをしてる、なんて人がいますよ。いやぁおもしろいな。スキーも狩猟も若い人たちが活躍できる場所が増えて、地方の文化がどんどん豊かになるってうのは素晴らしいことですよね。
高野
そのお手伝いができたらいいなと思ってるんです。
星野
いや、素晴らしい。ぜひとも頑張ってください。これからのFantの発展を楽しみにしています。今日はありがとうございました。
「ジビエは狩猟と食という、ふたつの文化が融合することから生まれます。ぜひとも北海道で、北の大地ならではの恵みに触れてみてほしいです」と高野さん
高野
はい、美味しいジビエをもっと豊かに提供できるようにがんばります。ありがとうございました。
構成・原稿 : 林 拓郎 撮影 : 原田 賢能 対談日 : 2023年1月18日