錦繡を水面に映す大堰川を、星のや京都の専用屋形舟「翡翠」でたゆたう。
「奥の庭」では樹齢約400年の大紅葉が枝を広げる。嵐山で最も遅く、ひと際鮮やかな紅に色づくこの樹は、このあたりのシンボルツリー。
小倉山を詠んだ百人一首・貞信公の字札の招待状が客室に届き、平安文化の世界へと引き込まれてゆく。「山田松香木店」の指南で、平安貴族が愛した「菊花」の練香を作る。
香木とジャパニーズウイスキーのマリアージュを楽しむ「薫香bar」、鹿肉を紅葉になぞらえた「紅葉鍋」、さらに十二単に着想した「かさねのサンドイッチ」など、都の貴人の隠遁地とされた奥嵐山にちなむ数々の趣向が滞在時間を彩ってゆく。
生命を燃やすかのような色づきを見せる木々と、静かに向き合う。「紅葉の私邸でたゆたう時空(とき)」と名付けられた本プランは錦秋のピークに、あえて嵐山近辺の喧騒を断つかのように設定された。
「星のや京都」には川を送迎船で渡って行く、月が隈なく渡るに似る渡月橋です、と説明がある。川の両脇は岩でできた山で、大きな水路にするため昔に削られた山肌だ。お椀型の小倉山は、小暗いからおぐらやまだったという。丸く盛り上がっていて、紅葉で明るいけど、分け入っていけば暗いのかなと。嵐山は大昔には、紅葉は有名でなかったらしい、大昔といって平安時代以前だ、それは大昔か。
練香作りでは、粉にした香りのもとを調合して練って、昔からの、この季節の菊花の調合でやった。香りのもとは、木の樹脂や根や花や皮や蕾、ほとんどは植物由来らしい、動物由来のものには保香効果がある。沈香は枯れて倒れた木の内部に溜まる、白檀は芯の部分だけ香るという。動物性のは貝や、鯨の結石の一種、鹿から取れる麝香は乱獲で減り、長い時間をかけてできる植物性のものにも、採れにくくなっているものがある、人間の短さにも思いが及ぶ。
送迎船とはまた異なる、ガラス窓のない屋形舟に乗り、舟は原初の乗り物だろうなと。川を眺め、浮いている白いのも茶色いのも、何か分からず美しいまま通り過ぎていく、自分に無関係なものほど美しいのだろうか。綿毛と見紛う、虫たちがほわほわと飛んでいるのも、ただ光となっていて眺めが良い、屋根の内部にも陽が反射する。手漕ぎの舟なので波が静かで、こんなに音もない川だったのだと。船頭さんは、この川は上流から保津川大堰川桂川で、これが大阪の淀川に繫がっていくんですよと。連なる山に山の影がかかるのを見るのなんて久しぶりと、深緑色の水に映り、昔の緑を少し思い出したような色になる紅葉を眺める。
宿の庭も、説明を受ける前と後とでは見え方も異なる。昔からの岩垣に生える昔からの木を、残してもいるそうだ、紅葉はいらない枝は自分で枯らす。延段の鞍馬石は、鉄分が多いので表面は茶色だが、割れば白いらしい。敷き詰められた石たちにも故郷と歴史がある。大紅葉が散る前に来てくれて、井戸川さんが来るのを紅葉が待っていてくれて良かったと誰にも言われて、自分はここで旅人なのだなあと実感する。
山のざわめきか川のささやきなのか、部屋の大きく開く窓の、目の前は岩肌の山と下は翡翠色の川で、雲の下の方が翡翠色で、晴れると岩まで見えるので茶色になるなと、どこででも、天気の移り変わりという景色を眺めているのかもしれないなと思いながら見る。崖面のトロッコの線路に、等間隔で明かりが点き、詩に昔、川は周りの輝きを倍にすると書いたけど違うなと、倍以上だなと、流れや揺らぎがより大きく、光を広げていく。夜が更け、線路の明かりも消え、空って夜でも、山より明るいんだなと、空と山の色の層が分かれているのを眺める。星が小倉山の上に一つある、ここから私の目には紛れもなく一つ。
旅先では、朝日はどちらからやって来るんだろうときょろきょろし、山の分日の出は遅いのかなと。ラウンジのテラスに出れば、向かいの岩肌を背景にして、苔むした白い幹の山桜が生え、その枝先の端々にもう蕾がついている。ライブラリーにあった本、ロジェ・カイヨワの『石が書く』に、「石は重々しく不変で極端である何か、滅びることがないかすでに滅びてしまった何かを含んでいる」と書いてあるのを、岩肌を眺めながら読む。冷たい風が当たり、空気と一体となって息しているけど、温度差によって周りと私の体がくっきりと分かれるものだなあと。
最終日は風が強い日で、大きな窓の向こうの落葉が勢い良く、霰あられかと思った、次のがまた次のを追いかけていく。キィーと伸びる鹿の鳴き声、鳥の声は奥から聞こえるというよりやはり、近くからのものしか私に聞こえていないんだろうなと、鳥ほどの自由が自分にあるだろうかなと考えながら、木を一本一本見ていく。晴れながら霧雨が降り川に降り注ぎ、帰りの舟から波間の鴨と目が合う、そのささやかな嬉しさ、鴨たちは春前には、シベリアの方へ行くらしい。