東京・大手町。夜が更けてもビジネス街のビルの灯りが輝き、
星のや東京の建物全体に巡らされた麻の葉くずし模様の格子が、結界となってゲストを静寂にかくまう。
盆景作家・勝亦友哉さんの手ほどきで「お花箱づくり」を体験。小高木から低木、地表に咲く花々と、早春の景色から可憐な花々を集めて、桐箱を埋め尽くす手作業に夢中になる。
3日目の朝は立礼茶会で始まる。亭主を務めるのは武者小路千家・三浦大徹さん。徳川家康公直筆の『日課念仏』の掛け物をはじめ江戸・東京を主題にした心づくしの道具組み。白木蓮の蕾が一つまた一つとほころび、一服する間にも冬から春へと首都の季節がうつろう。
都内で編集者と打ち合わせを二件、言い渡された原稿の締切を、さてどうやって片付けようかと算段しながら、朝より幾分重たくなったスーツケースを引きずり地下鉄に潜る。冷え冷えとする二月の平日、夕方五時。同じように仕事を終えたばかりの、何かの数字だとか、データだとか、資料だとか、各自の憂いを抱えて帰宅中であろう人々とともに地下を移動し、大手町で降りる。ガラス張りのビルに囲まれて、ひときわの黒さで目立っているのが「星のや東京」だった。
鉄格子とも見紛う外観は、どうぞどうぞどなたさまもお入りください、という気安さは全然なくて、むしろ何かを拒絶するみたい。何をそんなにも拒んでいるのか? ものものしい印象とはうって変わって、中は白檀の甘い香りが立ち込めている。促されて靴を脱ぐと、ついさっきまで階段を昇り降りしていた足が、やわらかな畳の上では急に軽い。扉一枚隔てただけで世界が一変する強烈なコントラストに、幻術にでもかけられた心地になる。ラウンジで淹れていただいた煎茶の渋みを味わい、間近の窓に目をやれば、外から鉄格子に見えていたものも姿を変える。緻密な幾何学模様の隙間から、向かいのビルの窓明かりと勤務中の人影。こちらからはよく見えますでしょう、でも不思議なもので、向こうからはさほど、こちらが見えていないんです。お茶の間さんの声が、むかーしむかしのおとぎ話のように耳に響く。
これは何のおとぎ話だろう。ひとりになった客室で物思いしていると、鮮やかなお料理の品々が運びこまれ、鮪の赤身とピンクのとろが宝飾のように並んだ。あぁたぶん、これにいちばん近いお話は、竜宮城でこの世ならざる歓待を受けて贅を尽くすあれだな、と当たりをつける。亀なんて助けた覚えはないけれど、ご馳走をいただいてから塔の最上階にある温泉へ昇り、満腹の裸を湯に浮かべて、四角く切り取られた夜空で、白い半月とふたりきり──眠るまでに見たそのすべてが、醒めたまま見る夢そのものだから、もはやどんな夢物語も夢とは思えないのだった。そうだ、この塔が頑なに拒んでいるのは時間なんだ。無神経に流れるだけ流れて、気付いた時には私たちをとりかえしようもなく老いさせている、時間。おとぎ話のラストシーンを思いつつ、夢と現のあわいでそう納得している。
まだ暗い早朝、袴に着替えて連れだされたのは、想像もしていない場所だった。ここって一般の人間が足を踏み入れてもよい所なんですか? どんな手順で、誰に許可を? 非現実的な光景にびっくりして野暮な質問ばかりする私に、竹刀を渡してくれた彼女は小雨に負けずあかるく微笑んでいる。北辰一刀流監修の朝稽古。とはいえ、千葉周作も坂本龍馬もヘリポートに降り立ったことはないはずだ。ヘリポートとは何、ともしも彼らに問われたら、何から説明しようか。そんな空想をしながら剣を振っていると、数十億年前から変わらぬ朝陽が分厚い雲からのぞく。その淡い光が、いちばん新しい日の東京を目覚めさせていくが、体は数百年前の武士の動きをなぞっている。街に積み重ねられた記憶を、この身で自在に行き来するようにして一日を始めた。
朝稽古で使った体の隅々に、五色のバランスにこだわった朝食が染み渡る。眠気がどっと押し寄せるものの、お茶の間さんが淹れてくれたコーヒーを飲み、おしゃべりに夢中になっているうち頭も冴え、周辺散策へ出かけることにした。江戸五口のひとつ、常盤橋の門跡に残る石垣を通りつつ、現代と江戸の名残が同居する日本橋を歩く。仕事や買い物で日常的に訪れる見知ったエリアだが、目的もなくぶらぶらするのは初めてかもしれない。気ままに東京観光をする人の目線になると、雨上がりの街がいつになく新しく、はるかな場所に感じられる。それでも、お茶の間さんとの朝の楽しい会話を歩きながらも思い浮かべていて、だんだんと宿が恋しくなり、早めに引き上げた。
暖かくなった午後、華道の先生に教わりお花箱をつくる。冬から春への移ろいを、足元や頭上から知らせてくれる四種の花とその蕾を、正方形の桐箱の中で咲かせていく。沈丁花、雪柳、菫、梅。季節はいつも、どこからともなくやってきて、ふとした時に気付かされるものだけれど、草花を選び、切り、箱に詰めていく時間は、生まれて初めて自分の手で春を迎えに行くようでうれしい。いつかこの世から、時計やカレンダーがなくなったとしても絶対に大丈夫だ、人間は時を忘れたりしないから。できあがった小さな春の訪れを眺めて思う。
最終日の朝は自然と早く目覚めて、障子の整然とした美しさに布団の中からしばし見惚れた。白足袋を履き案内された別の階の客室は、掛け軸がかけられ、紫木蓮が生けられた茶室に様変わりしている。残りわずかとなった滞在時間を惜しみつつ、茶室の主人のお点前とお話をしみじみ頂戴する。限られた空間を、知恵と工夫で遊び尽くす粋なこころに、この日本旅館が語る物語がぎゅっと凝縮されているようだった。
宿を発つ時、ずっしりと重い桐箱を手渡されたが、「決して開けてはならない」との警告は受けなかった。エレベーターで地下へ降りる。客人から、ただの作家に舞い戻ったばかりの女の心など知りもせず、電車は定刻通りに東京の地下を走っている。
星のや東京の最上階・17階では、地下1500メートルから汲み上げられた「大手町温泉」が琥珀色の湯を湛えている。
ビル街の異空間として存在する“塔の日本旅館”での、この3日間の滞在は「都心の日本旅館で早春の気配に出合う」
という名のシグネチャープランとして結実した。