海水を淡水化して飲料水に。「星のや竹富島」が取り組む脱プラスチック

プラスチックは便利な一方で、焼却時のCO2排出や海洋ごみ問題など、地球環境への影響が問題視されています。これまで、ホテル業界では、アメニティや容器包装などにプラスチック製品が多く活用されていましたが、星野リゾートはプラスチックごみの削減と資源の有効活用を目指し、「脱プラスチック」を推進しています。

#01

海水の淡水化。きっかけはペットボトルの削減から

沖縄県・八重山諸島にある竹富島は、周囲約9kmの小さな離島。石垣島からは高速船に乗って10分ほどで、島の西側にはコンドイ浜やカイジ浜などの美しいビーチが広がります。 集落を歩くと現れるのは、琉球赤瓦の屋根に珊瑚の石垣、白砂を敷き詰めた道という、まるで沖縄の原風景のような風情。2012年6月には島の伝統的な建築基準に沿って築かれた「星のや竹富島」が開業し、「島と共生するリゾート」として時を重ねています。

エメラルドグリーンからコバルトブルーへと続く海が広がる、白砂のコンドイ浜

そのような竹富島の景観を損ねているのが、ペットボトルのポイ捨てなどの不法投棄。飲料など日常生活で広く利用されているペットボトルですが、適切にリサイクルされず廃棄されるプラスチックごみが世界的に深刻化。離島である竹富島にとっても海岸の漂着ごみや島内のポイ捨ては、海洋汚染や景観破壊につながる重大な問題です。 また、ドリンクなどのペットボトルは石垣島から運ばれてきますが、リサイクルするには石垣島へ戻さねばならず、コスト面でも大きな負担となっています。 とはいえ珊瑚礁の隆起でできた竹富島には山や川がなく、水は石垣島からの海底送水による貴重な資源。1日の使用量も限られています。 そこで星のや竹富島は、ペットボトルフリーと水の確保という課題に取り組むべく、2021年2月に海水から飲料水を作る「海水淡水化装置」を導入。並行して客室でのペットボトルのミネラルウォーターの提供も廃止し、パブリックエリアにウォーターサーバーを設置しました。

海岸にはペットボトルなどのプラスチック他、様々なごみが日々流れ着く

星のや竹富島ではビーチクリーンを行う環境保全ツアー「ふれあいまいふなーツアー」をはじめ、定期的に海岸を清掃

海岸にはペットボトルなどのプラスチック他、様々なごみが日々流れ着く

星のや竹富島ではビーチクリーンを行う環境保全ツアー「ふれあいまいふなーツアー」をはじめ、定期的に海岸を清掃

#02

「海水淡水化熱源給湯ヒートポンプユニット」とは?

「海水淡水化熱源給湯ヒートポンプユニット」全体図

星のや竹富島に導入された海水淡水化装置は、地下から汲み上げた海水を特殊なフィルターを通して淡水化する機能に加え、太陽光発電とヒートポンプが一体化した「海水淡水化熱源給湯ヒートポンプユニット」。「ゼネラルヒートポンプ工業株式会社」と「株式会社エナジア®」が星のや竹富島への導入に際し開発した製品で、2022年に特許を取得しています。 水と同様、電気も石垣島からの供給で賄っている竹富島。災害時など送電が途絶えれば生活に困難や危険が生じますが、「海水淡水化熱源給湯ヒートポンプユニット」は太陽光パネルと蓄電池を備えているので、自家発電が可能に。またヒートポンプも一体化しているため、排熱を利用してお湯も生成できるという画期的なシステムです。

◇過去の断水と停電の経験から、水・湯・電気の自給を実現

「星のや竹富島」ファシリティーマネージャーの足立淳さん

プラント(※)の開発に携わったのは、2012年の星のや竹富島開業のタイミングで星野リゾートに入社したファシリティーマネージャーの足立淳さん。入社前はエンジニアとして日本全国でプラント建設の現場監督を経て石垣島の名蔵ダムの管理者や新石垣空港の建設、竹富島の道路の測量設計なども行っていたそうです。 ※プラント:機械設備や自動制御システムなどを含む設備全体の総称 「今から25年ほど前、2000年頃に竹富島に2年半くらい住んでいたことがあるのですが、台風の時は水や電気が止まって大変でした。その頃から島で水や電気を作れないだろうかと思っていたんです。星野リゾートに入社して設備管理を担当する中で、以前より思い描いていたプランの実現へ動き出すこととなりました」(足立さん)

「海水淡水化熱源給湯ヒートポンプユニット」のプラント

プラントの導入にあたり、足立さんが特に重要と考えたのが、島の人々への説明でした。 「新しい事業を始めたり建物を建てたりする上で、島の方々のご理解は欠かせません。プラントや太陽光パネルは外から見えない敷地内に設置すること、災害時でも水を賄えることなど時間をかけてご説明し、ご了承を得ることができました」 また、プラントの設備の輸送も一筋縄ではいかなかったといいます。現地で全てを建設すると人件費が掛かりすぎることもあり、輸送コストも考慮して本島の工場で一度組み立ててから、石垣島と竹富島間の貨物船に積載できる大きさまで5分割し、運んでから組み立てたそう。プラントの外壁は、紫外線からの保護と太陽光で内部温度が上がるのを防ぐため、遮熱効果のある塗料を使用。「プラントは作って終わりではなく、維持し続けることが大事」という足立さんの考えに基づいて建設されたプラントは、2021年2月13日に稼働を開始しました。

#03

「海水淡水化熱源給湯ヒートポンプユニット」でできること

1.海水の淡水化

淡水化した水。海水を淡水化し飲用などに利用

「海水淡水化熱源給湯ヒートポンプユニット」の一番の目的が、海水の淡水化。利用する海水は、海岸から約300mの距離に作られた淡水化装置専用の井戸からくみ上げます。 「井戸に溜まった海水を特殊なフィルターを通して淡水化しますが、竹富島周辺の海は透明度が高く、もともと不純物が少ないです。加えて、海水が地下に浸透する際、土壌が天然フィルターの役割を果たすため、淡水化装置のフィルターにあまり負荷がかかりません。当初フィルターは年間4本消費する予定でしたが、3年間で2本の交換だけで済んでいるので、メンテナンスにかかる負担も抑えられています」(足立さん) 淡水化した水の硬度は一桁~20mg/L。硬度とは水に含まれるカルシウムとマグネシウムの量を表したもので、WHO(世界保健機関)では硬度120mg/L未満を軟水、120mg/L以上を硬水と分類しています。ほのかな苦味を伴う硬水に対し、軟水はなめらかな口当たりが特徴で、淡水化した水の硬度は軟水の中でも低め。 「初めて飲んだ時、あまりにおいしくて驚きました」と、足立さんは顔をほころばせます。 実際に淡水化したばかりの水を試飲したところ、元が海水とは思えないほどまろやかで雑味がなく、すっと体になじむような心地よさです。海水がわずか数秒で濁りや臭いもない水へと変わる様を目の当たりにし、驚くと同時に離島における淡水化装置の有用性をあらためて実感しました。

2.太陽光発電

太陽光パネルは敷地内の、ゲストからは見えない場所に150枚設置

海水淡水化装置ユニットは太陽光パネルと蓄電池が一体化しているため、災害で石垣島からの送電が途絶えても自家発電で稼働できるのが強み。日中は再生可能エネルギーだけで、装置の稼働を100%賄えるそうです。 「発電方法は太陽光発電以外にも、小型風力や小水力、水素発電など様々なものがあるので、今後取り入れられるものは活用して、いずれは再生可能エネルギーだけで24時間稼働できるようにするのが目標です」(足立さん)

3.ヒートポンプ

プラント内部。手前の青い装置がヒートポンプ

海水を淡水化した水は、そのままだと27~28度ほどです。そこで飲用に適した15度前後まで冷却するのが水冷式のヒートポンプ。この冷却水を使いプラント内部を水冷式エアコンで室温を下げ、制御機器を守り、さらに冷却時に発生する排熱を利用して給湯することもでき、CO2の削減にもつながっています。

「海水淡水化熱源給湯ヒートポンプユニット」の仕組み

4.トラブルにも迅速に対応できる離島対策

水・湯・電気を自給できる「海水淡水化熱源給湯ヒートポンプユニット」。一部には電気自動車の廃バッテリーをリサイクルして活用しているそう。システムの各装置の稼働状況はプラント内のPCをはじめスマートフォンなどからも確認でき、遠隔で操作することも可能です。またプラント内にはWEBカメラを設置。不具合が起きた場合、リモートで技術者のサポートを受けられます。 「竹富島にはエンジニアがいません。石垣島から星のや竹富島まで来て、原因を特定してから機械や部品を手配するのでは復旧が遅れてしまいます。そこでリモートで状況を伝えて対処することで問題を解決したり、必要な機械や部品を島に来る前に用意したりすることができます」と足立さん。メンテナンス面においても離島ならではの対策がうかがえます。

#04

システム導入の成果と、未来に向けた取り組み

◇町内の民間企業で初の避難所に認定

システムの導入以降、星のや竹富島では500mlのペットボトルを年間で約1万4000本削減、CO2排出量は年間35~36トンの削減を実現しています。 また、太陽光発電と蓄電池の一体化により、災害時でも水・湯・電気が自給できることから、2021年2月には竹富町内の民間企業で初の避難所に指定されました。 「もし災害によって石垣島からの送電が途絶えてしまっても、太陽光発電と蓄電池によってシステムを一定時間稼働させることができます。飲料水も星のや竹富島のゲストとスタッフだけでなく島民にも提供可能なため、いざという時には避難所としての役割を果たしていきたいです」(足立さん)

災害時に必要に応じて開設される「津波以外の大規模災害時の避難所」に指定された星のや竹富島

◇子どもたちと考える島の未来。課外授業で見学会を実施

竹富小中学校の生徒に海水淡水化装置などユニットの仕組みや機能を紹介

竹富島の持続的なエネルギーのあり方は、島の未来を担う子どもたちにとっても重要なテーマです。2024年3月、竹富町立竹富小中学校のエネルギーの活用方法に関する授業の一環として、施設内で「海水淡水化熱源給湯ヒートポンプユニット」の見学会が開催されました。 対象は小学6学年・中学3学年の生徒で、はじめに海水淡水化装置の仕組み、ヒートポンプによる冷房や給湯機能を紹介。その後太陽光パネルの見学、淡水化した水の試飲などが行われました。 「質疑応答や感想発表の時間も設けたのですが、生徒さんたちの熱心な姿勢が印象的でした。今後もこのような機会を作っていきたいですね」(足立さん)

海水から作られた飲料水を飲む足立さんと生徒

◇離島の環境が生んだ技術に全国が注目。今後の取り組みは?

画期的なシステムを実現させた「海水淡水化熱源給湯ヒートポンプユニット」は注目度も高く、他企業や自治体などからの視察も多いそう。 「システム自体かなりコンパクトに作られているので、同じような問題を抱える離島や僻地、被災地など、必要な場所で今回の技術を展開・応用できたらいいですね」と、足立さんは今後の試みにも意欲的です。 小さな島からスタートした取り組みが大きな流れとなって日本各地へと波及することで、おのずと環境への意識も高まっていくのではないでしょうか。 星野リゾートでは国内の全施設でペットボトルのミネラルウォーターの提供を廃止し、パブリックエリアにウォーターサーバーを設置する等、ペットボトルが不要な提供方法に変更。シャンプーなどバスアメニティは個包装からボトルポンプに変更し、使用済みの歯ブラシは回収して再資源化するなど、脱プラスチックへの様々な取り組みを行っています。 深刻な環境汚染を生み出しているのは、日々の何気ない行為の積み重ね。 待ったなしの環境問題への一歩は、旅先だけでなく日常での意識と行動なのかもしれません。

「これからも環境に配慮した技術の開発を行っていきたいです」と足立さん

PROFILE
原口かおり
ライター・編集
旅行系出版社での執筆、編集を経て独立。主に旅をテーマにガイドブックや情報誌、webで執筆し、時にはイラストも。フォトグラファーの夫とユニットでも活動。日本茶インストラクター資格取得。
施設のご紹介
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星のや竹富島
沖縄県八重山郡竹富町竹富1955

石垣島から高速フェリーで15分、琉球赤瓦の屋根や白砂の道など沖縄の原風景が残る竹富島。そこに特有の伝統建築を踏襲した集落を造りました。一致協力を意味する「ウツグミ」の精神で島と共に共存しています。

#脱プラ
限りある資源の有効活用や廃棄物による環境負荷を抑制するためにも、脱プラスチックは早急に取り組むべき課題のひとつ。求められるのは、ホテル業界に根付く従来の価値観にとらわれない、実行力のある施策です。星野リゾートでは、脱プラの重要性をしっかりとお客様に発信していくと同時に、より豊かな滞在の実現に向けて取り組んでまいります。