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展示デザイナーアドリアン・ガルデール × 星野リゾート 星野佳路

「自由」とは何か。
空間に語らせる、美しき監獄の物語

Adrien Gardère

トロントのアガ・カーンミュージアム(設計:槇文彦氏)や、ルーヴル美術館ランス別館(設計:SANAA)、ロンドンのロイヤル・アカデミー(設計:デヴィッド・チッパーフィールド氏)など、世界13か所以上の美術館の常設展示デザインを手がけた。奈良監獄ミュージアムでは、ミュゼオグラフィー・スーパーバイザーを務める。

Vol.1 展示し、設計し、旅を作り出す。
展示デザイナーは物語を伝える「翻訳者」

星野

まずは、スキーの話から始めましょうか。私は毎年80日ほどスキーをしていますが、ガルデールさんもスキーをされるそうですね。いつ頃から始められたのですか?

ガルデール

かなり若い時からです。両親と毎年冬にアルプスへ行っていました。

星野

フランスでは文化のようなものですよね。私は長野県で生まれ育ったのですが、実家の方は雪があまり降らなかった。だから雪を求めて、実家から1〜2時間かけて通ったりしていました。
地元はとても寒い地域で、スケートが盛んだったんです。ヨーロッパ、特にスイスやフランスでは、スキーの方が人気ですよね。

ガルデール

もちろんです。フランスやイタリア、スイスにはアルプスがありますからね。

「奈良監獄ミュージアム」で行われた今回の対談。開始早々スキー談議に花が咲き、2人はすぐに意気投合

「奈良監獄ミュージアム」で行われた今回の対談。開始早々スキー談議に花が咲き、2人はすぐに意気投合

愛してやまない
日本の温泉・銭湯。
そこにあるのはコミュニティの絆

星野

ガルデールさんはどこで生まれ育ったのですか?

ガルデール

私はパリ生まれのフランス育ちですが、14歳の時に4年間インドに住んでいた時期があります。

星野

インドに?

ガルデール

ええ。両親と2年半過ごし、その10年後にまたインドへ戻って仕事をしたり、いくつかのプロジェクトを手掛けたりしました。ですからインドは定期的に通っている場所なんです。
インドでの経験は「異なる文化、異なる文脈をどう見るか」ということを教えてくれました。それ以来、私のスタジオでは海外で多くの仕事をしています。インドを含め、様々な国々で。

星野

インドで仕事できるなら、世界のどこでも仕事できますよね。

ガルデール

運転についてよく言われることですが、「インドで運転できれば、世界中どこでも運転できる」と。

星野

カシミールではスキーをされた経験もあるそうですね。カシミールのスキーについて話す人はいましたが、実際に滑ったという人に会ったのは、あなたが初めてです。

ガルデール

ずっと昔のことですよ。1991年、私も若かった。信じられないほど景色が素晴らしかった。でも大人になるにつれ、あなたほどは滑らなくなりました。あなたはもっと、中毒といえるほど滑っていますね(笑)。

星野

大学時代はスキーから離れていて、働き始めてからもスキーリゾートへ行く機会はなかった。ですが経営破綻した日本のスキー場2カ所を引き継ぐことになった時、またスキーを始めたんです。

ガルデール

星野リゾートの始まりは、スキーがきっかけですか?

星野

いえ、星野リゾートは112年の歴史がある会社で、私は4代目です。1991年に父から小さな温泉旅館を1軒引き継いだのが始まりです。それからは収益を改善したい他の会社や、経営破綻して金融機関から再生を依頼されたリゾートホテルの運営を手掛けるようになりました。そうやって成長してきたんです。

1913年(大正2年)、掘削により軽井沢の地に湧いた星野温泉。翌年、15室の和室と広間を備えた「星野温泉旅館」を開業

1913年(大正2年)、掘削により軽井沢の地に湧いた星野温泉。翌年、15室の和室と広間を備えた「星野温泉旅館」を開業

ガルデール

始まりは温泉だったのですね?

星野

ええ、地元・軽井沢の温泉から始まりました。「オンセン(Onsen)」という言葉は、ここ10年、15年くらい前までは国際的にはあまり知られていませんでした。今ではとても有名な言葉になりましたが。

ガルデール

素晴らしい文化ですよね。フランスにもあんな良い温泉や銭湯があればいいのに。パリには天然温泉がないので難しいですが、せめて素敵な銭湯を! ぜひあなたがやるべきです。

星野

日本の伝統的な入浴スタイルは、男女が分かれていて、広い浴室でみんな裸になります。フランスの人たちは、そういった入浴スタイルを受け入れられると思いますか?

ガルデール

日本のスタイルは大好きです。自分でも行きますし、楽しんでいますよ。アートディレクターの佐藤卓さんと話していたのですが、日本の銭湯には「裸の付き合い」という表現があるそうですね。みんなが裸で体を洗い、お湯に浸かり、汗をかき、水風呂やサウナに入る。そこにはコミュニティの絆や浄化のようなものを感じます。小さな子どもから父親、お年寄りまであらゆる世代が揃っている。本当に素晴らしいと思います。

星野

それならぜひ、あなたを青森県へお連れしなくては! 青森にはまだ古いスタイルの温泉施設が残っていて、そこでの過ごし方は、まさに今あなたが説明した通りなんです。

ガルデール

ただそこにいるだけで、日本文化への理解が深まる気がします。時間をかけて、そこに「いる」。そこは「時間の外」にある。電話も時計も何もない温泉。人々はデジタルから完全に切り離されているからこそ、生身の人間どうしが強くつながり合えるのだと思います。

東京にいる時は銭湯に朝晩通うほど、「温泉や銭湯が大好き」と語るガルデールさん

東京にいる時は銭湯に朝晩通うほど、「温泉や銭湯が大好き」と語るガルデールさん

ガルデールさんの言葉に、銭湯や温泉文化を海外へ広める自信を深めた星野

ガルデールさんの言葉に、銭湯や温泉文化を海外へ広める自信を深めた星野

星野

温泉は雪の降るような寒い場所にあると、より魅力的に映ります。雪の中、外で温泉に浸かるのは本当に素晴らしい。きっとフランスのアルプスでも通用するはずです。

ガルデール

フランスにもスパの文化がありますが、高級なものになっていて大衆的ではありません。日常の儀式というのは魅力的で、多くのことを教えてくれます。

空間を翻訳し、空間に語らせる。
建築家、学芸員、来館者を繋ぐ「翻訳者」

星野

それでは、あなたの職業についてお話しさせてください。あなたにお会いして、その仕事がどのようなものか理解しましたが、これまであなたのような活動をしている人は見たことがありません。職業としては、何と呼ぶのでしょうか? 通常は建築家が建物を設計し、ランドスケープ・デザイナーが風景を作りますが。

ガルデール

ミュゼオグラフィー(博物館展示学)やセノグラファー(舞台・空間美術家)、展示デザイナーなどと呼ばれることもありますが、何よりもまず「翻訳者」のようなものだと思っています。人々が空間を読み、物語を読み、歴史を読み解けるように手助けする、翻訳者のような立場です。

星野

そういった役割は、昔からあったのですか?

ガルデール

いえ、以前はそれほど存在していませんでした。重要性が増したのは、ここ40〜50年です。今やミュージアムに限らず、この奈良監獄でもあなたのホテルでも、物語を共有してナラティブ(叙述)を伝え、人々が「今、自分がどこに足を踏み入れているのか」を理解できるようにすることは重要になっています。それが人々を惹きつけ、納得させる方法だからです。

先日佐藤さんとお話しした際、重要なのは余白を残すことだという話になりました。彼のいう「ほどほど」の理論ですね。ちょうど良さ。人々が自分なりの解釈を紡げるように、彼らのための空間を残すことが大切なのです。

ガルデールさんのいう翻訳者とは? その言葉の真意に迫る星野

ガルデールさんのいう翻訳者とは? その言葉の真意に迫る星野

星野

この対談記事を読まれている方々に、ぜひあなたの職業的な活動を紹介したいです。あなたは建築家でもデザイナーでもなく、翻訳者であると?

ガルデール

私は文学を学んだ後、家具製作や家具デザインを習得しました。そして展示デザインや美術館の常設展示の設計において私が見出したのは、「文学と空間の境界線」にいられる領域でした。
私は学者や学芸員、歴史家たちが持っているコンテンツを、空間へと翻訳します。そして空間に「語らせる」ことで、その空間を読み取れるようにする。英語に「ビジュアル・リテラシー(視覚的読解力)」という言葉がありますが、訪れる人が目で見て、直感的に気づき、理解するためのアプローチをつくること。それが私の仕事です。

美術品や自然史のコレクションにおいて、展示をデザインするだけでなく、来館者の館内の巡り方(動線)を作り出す。そこには、まるで舞台の振付のような作業も含まれるのです。美術品や展示物の中で来館者をどう動かすか。人々が自らの身体を通じて理解できるようにする。空間に入った時に「歓迎されている」と感じ、点と点を結びつけるように促されていると感じる。それは非常に重要な体験です。

星野

あなたは建物内での人々の流れや、それぞれの作品をどう見るかを設計しているのですね。

ガルデール

はい。学芸員と協力して、作品の展示方法や物語の構成が学術的に忠実であると同時に、来館者にとって分かりやすく、自分ごととして捉えられるよう配慮します。ですから振付であり、翻訳であり、設計でもある。私たちは展示ケースをはじめ、プロジェクトのほとんどを設計しますから。

この奈良監獄のミュージアムの場合、佐藤さんと一緒に仕事をしましたが、彼が自身の言葉で物語を展示デザインへと翻訳できるように対話を重ねました。建築家、学芸員、来館者の間に立ち、その全てに仕える仕事です。

私はこれまでに、世界中で13のミュージアムを手がけました。日本の建築家とのプロジェクトもいくつかあって、SANAAの妹島和世さん、西沢立衛さんとはフランス北部の「ルーヴル美術館ランス別館」を、また世界各地で槇文彦さんのプロジェクトにも携わりました。

星野

それらの美術館の多くは美術品などを展示していますが、この奈良監獄はあなたのこれまでの仕事とはまったく異なります。今回の仕事でより面白いと感じた点はどこですか?

ガルデール

ここには主要な作品がすでに存在しています。それは建築そのものです。このミュージアムの鍵となる作品は建築自体であって、来館者にまず考察し、観察し、発見してほしい第一の要素なのです。 監獄に入る前に周りや中をどう歩くかという「旅」の設計、スケール感、敷地の広さと各独房の小ささの対比、これら全てが物語と体験を構成しています。

「建築そのものが作品」と、ガルデールさん。ミュージアムを前に、2人の対談にも熱がこもる

「建築そのものが作品」と、ガルデールさん。ミュージアムを前に、2人の対談にも熱がこもる

ガルデール

今回、まずは建築からスタートして、佐藤さんや石井芳明さん(星野リゾート プロジェクトマネージャー)と共に、奈良監獄の歴史、特にその背景となった明治の監獄近代化のストーリー、さらには現代の日本の刑務所の暮らしを通じて、「刑務所に身を置くとはどういうことか」という問いをリアルに感じてもらう体験に繋げられるかを考えました。
また、佐藤さんのデザインの「解剖」のアプローチも用いました。たとえばレンガ一つひとつの緻密なディテールから観察し、それを「収監とは何をもたらすのか」、さらには「自由とは何か」という、より大きな、普遍的な問いへと広げていったのです。

監獄とは、私たちの社会を映し出す鏡のようなものです。私たちが他者をどう扱い、自分自身をどう扱っているかを反映しています。ここには美術品のコレクションがあったわけではありませんが、建築がまずコレクションであり、さらには受刑者たちが残した作品は「刑務所アート」として私たちに様々な問いを投げかけてきます。将来的にこのミュージアムが、様々なアーティストのコレクションや作品を迎え入れる場所になると良いと思います。

Vol.2 伝統建築と融合する補強工事で、
監獄はより強固に、より美しく

星野

このプロジェクトにおいて、建物の補強は非常にコストがかかった要素の一つです。ここは国の重要文化財ですから政府が保護しなければなりませんが、その分維持費もかかる。だから観光資源として活用し、維持費を捻出できるようにしたい。それが、政府がここにミュージアムやホテルを作り、来館者を迎え入れる目的です。今日あなたとお話しして、この補強工事をあなたが高く評価していると感じました。

各所に施された補強工事。伝統建築に溶け込み、監獄とともに時を経てきたかのような趣

各所に施された補強工事。伝統建築に溶け込み、監獄とともに時を経てきたかのような趣

星野

私たちにとって補強工事は、建物を一般公開に耐えうる強度にするための、単なる「コスト」だと考えていました。ですが、あなたがそれを義務的な作業ではなく、この建築の優れたデザインの一部だと考えていると知って、とても嬉しいです。

ガルデール

その通りです。構造設計の飯島建築事務所やホテルデザインを担当した東さん(東利恵氏)が手がけた仕事は素晴らしい。後から付け足したものには見えず、まるで最初からそこにあったかのようです。伝統的な建築に実に見事に融合している。彼らにとっても私たちにとっても、最高の宝物はこの「建築という建物」そのものです。

ですから物語においても建築においても、私たちはこの建物を讃えなければなりません。ランドスケープ・デザイナーの長谷川さん(長谷川浩己氏)も同じ考えです。耐震補強の構造物は、一見それとは分からないほど建築と完全に一体化しています。彼らの仕事の大きな成功例だと思います。

星野

いくつかの工事は非常に強固で、巨大で、重厚ですが、実はそれが監獄という場所の性質を実によく反映していますよね。

ガルデール

まさに! 監獄というものが持つ強固さ、ある種の暴力性すらも表現しています。手錠の鋼鉄感、窓の格子、扉のボルトや蝶番。監獄にあるもの全てが「強化」されています。
建物を守るために補強したことが、監獄という場所を象徴することと響き合っている。そうした「繋がり」をあらゆるプロジェクトで見出したいと思っています。この補強とあの補強が、実は共に機能している。来館者が自分なりの道筋を見つけるうえで重要です。

補強工事は館内の細部にも。あらゆるものが強化された監獄の趣が、来館者を思索の旅へと誘う

補強工事は館内の細部にも。あらゆるものが強化された監獄の趣が、来館者を思索の旅へと誘う

星野

あなたと一緒に歩いてみて、私も今日そのことに気づきました。建物を十分に強くしながら、同時にこのミュージアムのコンセプトとも見事に調和させている。本当に素晴らしい仕事です。

それから、このミュージアムには将来的に魅力を付加する余地が、まだたくさん残されていると感じました。明日オープン(対談は2026年4月26日)を迎えますが、決してこれで完成というわけではありません。あなたが提案してくれたアイデアの数々は、今後付け足していくことができます。この点は、プロジェクトの重要な要素だと思います。

ガルデール

星野さんと、石井さん率いるチームが成し遂げた成果は、ホテル、景観、ミュージアムなどがそれぞれ「バラバラの要素」になっていないところだと思います。これらは全て、一つの生命体として統合されているのです。

ホテルに滞在するお客様は、ミュージアムの存在やそこで語られる歴史、ストーリーから刺激を受けることになるでしょう。同様にミュージアム側も、かつての独房やホテルの空間、特に「第三寮」を活用して、さらに多くの展示や表現ができるようになるはずです。

そうなれば、単なるホテルではなく「文化的なキャンパス」になります。様々な思考が交わるキャンパスですね。また、広大なランドスケープも広がっています。ここには計り知れないポテンシャルがあり、屋外のアート作品やアクティビティを展開するための跳躍台になるでしょう。

「第三寮」は独居房が連なる保存エリア。新たなアイデアなど今後の展開に向け、議論は尽きない

「第三寮」は独居房が連なる保存エリア。新たなアイデアなど今後の展開に向け、議論は尽きない

消費するだけの観光から、
地域での「振る舞い」を学ぶ旅へ

星野

私たちはこれまでミュージアムを運営したり、作ったりした経験がありませんでした。私たちはホテル会社として多くのリゾートホテルや温泉旅館を運営し、ホテルマネジメントに特化してきました。
ですから、ミュージアムは未知の領域であり、多くのことを学ぶ必要がありました。一方で、あなたはこれまでに多くのミュージアムを手掛けられてきましたが、それらの施設も毎年変化や改善を続けているのですか?

ガルデール

現代のミュージアムは、もはや「固定された、凍結されたもの」と捉えるべきではないと思っています。常設展でも展示の入れ替えを行いますし、生き物のように変化し、進化していく必要性こそが、あらゆるミュージアムにとって極めて重要なのです。

先ほど星野さんがおっしゃった「ミュージアムとホテルの違い」についてですが、非常にハイエンドである「星のや」は、それぞれがストーリーを提供していますよね。必ずしもミュージアムの形をとっていなくても、その土地の景色や生き方、温泉、歴史的建造物、あるいは都市といった「その場所の価値」を魅力的に見せています。

今回の「星のや奈良監獄」と「奈良監獄ミュージアム」は、それらが繋がっていることを証明しています。ホテルの顧客に届けるべきものと、ミュージアムの来館者に届けるべきものは同じ、つまりストーリーなのです。「自分は歓迎されている」「ここにいていいんだ」という正当性を感じられること。空間を理解し、読み解くためのツールがあり、ホテルであればそこに滞在して楽しむことができる。
現代の公共空間はこうしたストーリーという、非常に重要な基盤をより必要としています。そしてそれこそが、私たちの仕事の本質なのです。

2026年6月25日に開業を迎えた「星のや奈良監獄」。舎房を繋いだ客室は、赤レンガの壁と高い窓が印象的な全室スイートルーム

2026年6月25日に開業を迎えた「星のや奈良監獄」。
舎房を繋いだ客室は、赤レンガの壁と高い窓が印象的な全室スイートルーム

星野

あなたがされているアプローチはミュージアムだけでなく、将来的にリゾートホテルや温泉旅館など、他の分野にも応用できると感じます。私たちは普段、その土地の自然や建築、地域の人々と接していますが、これらは全てリゾートホテルや観光地の「資産」です。私たちは常にストーリーを考え、それらの要素をどのようにして滞在客に結びつけるかを考えなければなりませんから。

ガルデール

その通りです。そして「ビジュアル・リテラシー」を学ぶのと同じように、人々は、物や空間の「使い方」を学ぶことも大事です。 ただ消費するだけの観光と、その体験によって触発され、振る舞いから何かを学ぶ観光とでは大きな違いがあります。

先ほど温泉の話をしましたね。私が温泉で何よりも素晴らしいと思うのは、「振る舞い」を学べる点です。他者の中でどのように行動すべきか、そのしきたりは何なのかを学べます。サウナから出た人がお湯に浸かる前に冷水を浴びる様子など、それらは全てしきたりです。

リゾートや目的地の資産である「風景」「職人技」「文化的な環境」が揃っている時、訪れる人々にはそれらをただ消費するのではなく、そこから何かを学び、その土地の作法や使い方を身につけてほしい。そうすることで、彼らの体験はより本物になり、同時にその土地や人々に対して敬意が生まれます。
そして訪れる人々の、「理解し、受け入れ、体験する能力」を信頼し、彼らを尊重すること。この点は非常に重要です。

これからの旅に求められる
「本物の新しいラグジュアリー」とは?

星野

あなたと一緒に仕事をして、このミュージアムでの成果を見てから、私たちは「ラグジュアリーとは何か」という問いを抱くようになりました。世の中の新しいホテルの多くが「これこそが新しいラグジュアリーだ」と謳っています。
これまでのホテル業界におけるラグジュアリーとは、多くのペットボトルの水を提供したり、豪華な備品を揃えたり、ホテルのインテリアに有名ブランドを取り入れたりといった、単なる物理的なモノの豊かさになりがちでした。

しかし、私たちは「これが本当に目指すべき方向なのだろうか?」と、常に疑問に思っていたのです。私たちはラグジュアリーの新しい定義を見つけなければなりませんでした。
今日このミュージアムを見て、あなたがおっしゃった「その土地や、訪れる人々に敬意を払う」ことこそが、これからのホテルが提供できる「本物の新しいラグジュアリー」になり得るのではと感じています。

ガルデール

私たちは今、情報や物で溢れかえった世界に生きていますからね。

星野

そうしたものから解放されることこそが、贅沢な時間ですよね。

ガルデール

私たちは消費、製品、ネット接続、スクリーンに圧倒されています。だからこそ、これからの最大のラグジュアリーは「空間」「静寂」「時間」になるでしょう。

星野

本当にそうですね。

ガルデール

例えば、一つの芸術品を鑑賞する「時間」「空間」と「静寂」がラグジュアリーになるはずです。一つの部屋に何百人もの人が群がり、誰もがスマートフォンを掲げているような場所にはいたくないでしょう。スペインの「プラド美術館」では、現在館内でのスマートフォンによる写真撮影を禁止しています。当初はちょっとした反発も起きましたが、結果として人々は作品をより深く見つめ、より豊かな発見をするようになりました。

その代わりとして、プラド美術館は展示されている全作品の高解像度写真を、オンラインで公開したのです。これなら不鮮明な撮影写真でクラウドの容量を減らすことなく、より高品質な写真をダウンロードできます。そして美術館では、スマートフォンを置いて自分の目で作品を発見し、見つめることができる。

ラグジュアリーという観点から見れば、ネットを切ること、時間を手に入れること、空間と静寂があることは極めて重要になっていくでしょう。加えて、その空間に秘められた「本物のストーリー」に触れ、スピリチュアルな体験として感じることができます。これこそが、人々がこれからの旅に求めるものであり、私自身が個人的に求めているものでもあります。

展示エリアは3棟構成。「A棟」では奈良監獄の成り立ちや建築的特徴、日本の行刑を紹介

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刑務所での生活を知ることができる「B棟」。思索の空間「自由の部屋」で2人は何を思うのか

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「C棟」のテーマは「監獄とアート」。写真は受刑者が書いた詩の一節を刺繍した、西尾美也氏作「声を縫う」

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Vol.3 「オーバーツーリズム」の最重要対策は?
今こそ奈良が注目される理由

星野

「空間」や「静寂」は、新しいラグジュアリーの重要な要素になりつつありますね。あなたがデザインした新しいミュージアムや過去に手掛けたプロジェクトは、どれも非常に有名で人気のある場所になっているかと思います。そのため、時には人が押し寄せてしまうこともあるのではないでしょうか。

今、日本でも「オーバーツーリズム」は大きな問題になっています。例えば京都は美しく伝統的な地域ですが、人が多すぎると立ち止まることもできず、歩き続けなければならなくなる。もはや贅沢な時間とは言えなくなってしまいます。

ガルデール

同感です。昨日京都にいましたが、ものすごい人混みでした。一筋縄ではいかない問題です。

星野

そうしたオーバーツーリズムや混雑した状況をコントロールするために、何かデザイン上の工夫をされたことはありますか?

ガルデール

そうですね……。SANAA(妹島氏、西沢氏)と一緒にデザインした「ルーヴル美術館ランス別館」は、パリ以外のフランス国内で3番目に観光客が多いミュージアムになりました。年間平均で50万〜60万人ほどが訪れます。フランス北部の小さな街としてはかなりの数字です。
これを予測、対処する方法として、一つは「空間を広く取ること」が挙げられます。最も混雑させてはならないのが空間そのもので、多くの展示物で空間を埋め尽くしてはいけません。空間には「呼吸」が必要です。そうすることで人々の回遊や動きが遮られず、自然で自由なものになります。

もう一つの要素は、「時間あたりの入場者数を管理すること」、つまり発券管理による規制です。しかし京都のような都市やルーヴルのような美術館にとって、さらに重要なのが「他の魅力的なスポットを創り出すこと」だと思います。なぜなら現在の京都やベネチアの課題は、観光客が特定の2〜3カ所に集中する点にあるからです。

そこで別のアトラクションを創り出して人の流れを分散させ、アクティビティを多様化させる必要があります。開館時間を工夫することもそうですし、ミュージアム内で特定の作品の配置をあえてずらし、混雑を分散させることも有効でしょう。
京都でも混雑している場所から数本通りを隔てた場所には、人がいないエリアがあったりしますよね。つまり異なるタイプの魅力を創り出すことで、人の流れを分散させるのです。

星野

奈良はまさしく、京都に対する分散ポイントとして機能すると思います。京都から奈良はとても近いですからね。京都を訪れた人が、日帰りで足を延ばせる場所ですし。

ガルデール

特急列車なら35分ですからね。

星野

ええ。この奈良監獄ミュージアムは、この地域全体の観光産業にとっても重要な要素になり得ると思っています

美しき監獄を巡り、思索の旅を共にしたガルデールさんと星野

美しき監獄を巡り、思索の旅を共にしたガルデールさんと星野

日本の魅力は
主要観光地だけにあらず。
オーバーツーリズム解消の鍵は
全国に

ガルデール

星のや奈良監獄が目指しているのは、人々が日帰りで往復するだけでなく、宿泊して少し長めに滞在してもらうことですよね? 目的地の多様化、複数化は必要不可欠です。
昨日、私は滋賀県にあるI.M.ペイ氏が設計した「MIHO MUSEUM」に行ってきたのですが、京都から車で1時間かからない場所にある、山の中の本当に美しい美術館でした。こうした場所が増えれば増えるほど、人々はうまく分散されていきます。

また、開館時間の問題もあります。多くの施設は判で押したように同じ時間帯に開館していますが、異なる時間枠を設定できれば、この時間はあちらへ、この時間はというように人の流れをコントロールできます。ただこれは公共政策の領域であり、私たちデザイナーの枠を超えた話ではありますが。

星野

ええ。しかし現在の日本政府はさらに観光を推進し、より多くの外国人観光客を呼び込もうとしています。そして一部の地域ではオーバーツーリズムが起きています。ですから政府も、将来的には外国人や旅行者にとってより快適な観光地にするために、多くの仕組みを変えていこうという強い意志を持っています。

ガルデール

おっしゃる通り、日本を訪れる外国人たちが特定の2〜3カ所しか行かないことが問題なのです。

星野

そう。東京、京都、大阪、そして時々広島、それだけになりがちです。

ガルデール

実際の日本は、もっとずっと広いですよね。九州にも行けるし、日本海側にも行ける。直島、豊島、そして「イサム・ノグチ庭園美術館」がある高松などもあります。

星野

ええ。今後は日本を何度も訪れるリピーターが増えていくでしょうから、あまり知られていない地域にも関心を持ってもらえるようになると思います。

ガルデール

北海道も素晴らしいですしね。それから南の島々も信じられないほど美しい。

星野

北海道、東北、そして九州。どこも非常に魅力的です。

目指すは、より多くの「繋がり」を生み出すこと。
ジャンルを超えて求められる翻訳者のこれから

星野

最後に、あなたが今後新しく挑戦してみたいことについてお聞きします。これまで非常に高名なミュージアム・デザイナーとして認められてきたわけですが、今後、ミュージアム以外の建築やプロジェクトに関わっていくことには興味はありますか?

ガルデール

現在、エキサイティングなプロジェクトをいくつか進めています。パリでの「アルベルト・ジャコメッティ美術館」のプロジェクトは刺激的ですし、マルタ島での「海事博物館」も手掛けています。また、ロンドンのセント・ジェームズ・パーク内に建設される「エリザベス2世女王の記念碑」で、建築家のノーマン・フォスター氏と一緒に仕事をしています。どれもエキサイティングなプロジェクトです。

ですが、それらと同時に近年関心を持っているのは、星野リゾートのような企業や産業のパートナーとして伴走することです。文化的なナラティブやアプローチによって、企業がどれほど多くの恩恵を受けられるかを理解してもらうこと。そしてミュージアム創りで培った知見を、一般産業にどのように置き換え、適応させていけるか。

例えばホスピタリティの文脈において、あるいは飲食の文脈において、それが何を意味するのか。 ストーリーを伝え、共有することの重要性は、今や単なる展示デザインやミュージアムデザインの枠を遥かに超えていると感じます。
現代のあらゆる産業が、そうした「一貫した物語」や「土地へのルーツ」を必要とし、切望しているのです。ただ消費させるだけでなく、人々に「本物の体験」を提供するために。

星野

なるほど。ところで「温泉街」という言葉を聞いたことはありますか? 日本には多くの温泉街があり、そこには天然温泉の源泉があります。歴史ある旅館が立ち並び、商店やバーがあり、そのエリア全体が一つの目的地になっています。有名な場所もあれば、歴史を重ねた場所もあります。

ですが、現在はあまりうまくいっておらず、エリア全体の再開発が必要な温泉街も少なくありません。石井さんと私は山口県のプロジェクトに取り組みましたが、ミュージアムをより魅力的でエネルギッシュなものにするあなたの専門知識は、こうした温泉街全体の開発にも応用できるのではないかと感じました。

約600年の歴史を誇る、山口県の長門湯本温泉。2016年に長門市・星野リゾート・地域が一体となって、温泉街の再生に着手。2020年3月には「界 長門」を開業した

約600年の歴史を誇る、山口県の長門湯本温泉。2016年に長門市・星野リゾート・地域が一体となって、温泉街の再生に着手。2020年3月には「界 長門」を開業した

星野

温泉街には自然、温泉資源、人々、文化、そして歴史的要素があります。彼らが経てきた歴史を知った上で、それらの要素を再構築する必要がある。そこで必要なのは建築家やランドスケープ・デザイナーだけでなく、それら全てをコーディネートする存在です。あなたがミュージアムで行っていることは、まさに温泉街に必要とされていることだと思うのです。

ガルデール

そのためには、人々が関係性を築けるように手助けすることが重要です。どう繋がるか。温泉体験とは「繋がり」の体験です。お湯の中ではみんな静かですが、お湯を介して繋がっている。

星野

温泉街は通常自然の中にあって、14〜15軒の宿があり、店やバーがある。

ガルデール

そこで食事をする。食もまた温泉文化の重要な一部です。

星野

人々はそこを歩き、それらの要素を体験する。ミュージアムのデザインと温泉街のデザインには、共通点がたくさんあるはずです。あなたの専門知識も、温泉街作りなど色んな分野で通用できると思います。

ガルデール

それはエキサイティングですね。まさしく私たちがやろうとしていることです。私たちがどこへ向かいたいのかと問われれば、ミュージアムや展示で培った専門知識をさらに高めつつ、それを活かして異なる領域、異なる分野、異なる地域で、より多くの「繋がり」を生み出すこと。人々がより楽しみ、関係性を深め、より繋がれるようにすることです。
東京・上野の表慶館(東京国立博物館)でカルティエと共に行った「結(MUSUBI)」展でも同じことを試みました。建物、物語、コレクションをいかに繋げるか。常に「繋げること」が私たちのテーマです。

2人の専門知識を掛け合わせた先にあるのは、「本物の体験」。次なる舞台は「温泉街」?

2人の専門知識を掛け合わせた先にあるのは、「本物の体験」。次なる舞台は「温泉街」?

星野

あなたと一緒にこのプロジェクトに取り組むまで、あなたの職業や専門知識のことは知りませんでした。ですが今、それが何であるかを理解しました。これは他の多くの分野にも応用できる、とても興味深く新しい「クリエイター」の形ですね。

ガルデール

ありがとうございます。このエキサイティングなプロジェクトを私たちに任せてくださって、本当に感謝しています。

星野

いつか一緒にスキーに行けることを願っています。

ガルデール

ぜひ! そして温泉も。

星野

温泉も、ですね。青森県は最高の場所ですよ。

ガルデール

ありがとうございます。楽しみにしています。

構成・原稿 : 原口かおり 対談日 : 2026年4月26日

奈良監獄ミュージアム

2026年4月27日開館。コンセプトは「美しき監獄からの問いかけ」です。明治五大監獄で唯一全貌が現存する重要文化財・旧奈良監獄を舞台に、デザインやアートを織り交ぜながら監獄を語り、日常を揺さぶる新たな視点を提供します。

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