25年前の西表島で日本初のエコツーリズム協会が誕生した
- 西表島エコツーリズム協会会長
- 平良彰健(たいら・しょうけん)さん

- プロフィール
- 沖縄県西表島出身。25年前からエコツアーを手がける「浦内川観光」の代表であり、西表島エコツーリズム協会の会長も務める。国際親善の場では、西表島の民謡を当地の外国語バージョンで披露するなど島をPR。大阪での料理修行経験を活かし、記念日を飾る「キッチンイナバ」を経営。
西表島に日本初のエコツーリズム協会が誕生
西表島エコツーリズム協会は1996年、日本初のエコツーリズム協会として誕生しました。当時私は、竹富町観光協会の青年部長で、欧米などで広がる「エコツーリズム」を西表島も今後、取り入れていこうという先輩方の意見に賛同して、設立メンバーとして活動していました。地域関係者みなで週に何度も勉強会を開き、国内外の研修会に参加しながら、エコツーリズムのあり方を模索しました。自然を保護し活用しながら、持続的に価値を生み出す、あり方です。

自然の中に入り込んでいくカヌー体験が人気
全国に先駆けてカヌーでのエコツアーを始めました。西表島は雨が多いため河川がよく発達し、沖縄県最大の浦内川をはじめ大小たくさんの沢や川があります。見所となる滝も豊富です。河口の川岸にはマングローブ樹林が発達し、カヌーツアーでは、ヤエヤマヒルギやオヒルギといったマングローブほか亜熱帯の植物を間近に見られ、ガイドの説明とともに自然を深く知ることができます。
生まれ育った集落の歴史も紹介する

西表島では日本に生育する全種のマングローブが見られる
ツアーでは西表島の歴史や生活文化もお話するようにしています。例えば、マングローブは島の暮らしの中で使われていた植物であること。住居の屋根を支える垂木として、染料として、または炭として活用されていました。私が生まれ育った浦内川中流域の稲葉地区は古くから稲作が盛んな集落でした。
私が子供の頃、父が小さな船を持っていましたので漁業や農業のかたわら、浦内川を船で案内していました。本土復帰前の話、1ドル360円の米国通貨が島で使われていた時代です。当時は大学のワンダーフォーゲル部をはじめ、自然が大好きなお客様が中心でした。度重なる洪水などで、稲葉集落は1970年代に消滅しました。私たち家族は浦内地区に移り観光事業を本格化し、16年前開業の「キッチンイナバ」に土地の記憶を残しました。
故郷の西表島が教えてくれたこと

西表島ホテルから徒歩5分のキッチンイナバのテラス席にて
2021年7月に「奄美大島、徳之島、沖縄島北部および西表島」が国内5件目の世界自然遺産に登録されました。今後エコツアーなどのガイドラインやルールが定まり、これ以上、自然が壊れることはないと期待します。近年は様々な考えを持った事業者や旅行者が急増し、課題が発生していました。
故郷の西表島が教えてくれたこと。それは「足るを知る」こと。自然から必要な分だけをいただく、次に残しておく、という譲り合いの心。島人それぞれの役割を尊重し、協力しあってはじめて、この素晴らしい島の自然は後世に残せます。私たちツアーガイドも「原点回帰」で自然を学び直してエコツアーを行なっています。お越しいただくみなさまに楽しんでいただき、ファンになってもらって、末長く西表島を応援してもらいたいと思っています。

インタビュアー旅ジャーナリストのかたあきこさん
福岡県福岡市出身。町、人、温泉、宿をテーマに28年間、全国取材。テレビ東京『ソロモン流』で旅賢人と紹介される。温泉ソムリエアンバサダー、睡眠健康指導士、傾聴スペシャリスト、サウナ・スパプロフェッショナル、日本茶アドバイザー。星野リゾートとの出会いは90年代、「ピッキオ」ツアー参加から。