<第12回>温泉街再生、変わらなければ生き残れない!

1.世代交代、旅館のファミリーヒストリー

長門湯本温泉街の再生プロジェクトが始まって、宿の改装をいち早く決めたのは玉仙閣の専務取締役・伊藤就一さんだった。当時をこう振り返る。「2020年春に温泉街が生まれ変わるタイミングで、当館も変わらなければと思いました。若い世代や新しいお客様の期待に応えられるよう、変えるべきだと決心し、父のこだわりだった民芸調のロビーと一部客室を2020年1月に改装しました」。(写真は2020年3月の恩湯竣工式。右が伊藤さん、中は大谷和弘さん)

リノベーションしたロビーは、シンプルで洗練された空間だ。居心地のよいソファで本や珈琲などが楽しめて、街歩きの立ち寄りでも利用できる。また客室は2室を2名定員のテラス付き洋室にし、「木」のぬくもりがあり優しい印象だ。その後も改装を行い、ひとり旅やワーケーションに使える1名定員の洋室や、家族のハレの日に最適な個室の食事処が誕生している。現在26室。伊藤さんは「お客様に喜ばれ、温泉旅館の新たな役割を感じています」と話す。

「父が1991年から築き上げた玉仙閣の“生い立ち”の部分は、深さ120㎝の楊貴妃風呂を今も当館の名物とするなど大切にしています」とも語る。改装後の予約は好調とのこと。その様子を伊藤さんの父、代表取締役社長の伊藤孝身さんは、「子供の失敗を願う親がどこにいますか。息子夫婦の時代。まちづくり含め応援している」と話す。社長は湯本温泉旅館協同組合の理事長を4期8年務め、2019年末に息子にバトンタッチしている(現理事長は大谷和弘さん)。

2.はじまりは若旦那衆のまちづくり

「ホテル長門はらだ」には2023年2月、開放感のある室内ドッグランがロビーに完成。愛犬と泊まれる宿の魅力が増した。併設してカフェスペースもでき、ドッグランで遊ぶ愛犬をゆっくり見守ることができる(外来利用可)。「ワンちゃんもお客様」と大事にする若旦那の原田雄三(たけぞう)さんは、「お客様には温泉街散歩をご案内しています。ライトアップの夜も好評です」と話す。「ドッグランは兄の構想。兄は生前、地域の若旦那衆とまちづくりに励み、写真が残っています。いずれは私も何か、地域のお手伝いができたら」と思いを語る。

3.30年に一回のイノベーションのチャンス

まちづくりのキーマンである大谷山荘の大谷和弘さんは、2020年3月に代表取締役社長に就任。代表取締役会長の大谷峰一さんは、「世代交代は早くから準備しました。当館は1881年創業ですが、私の父の時代、1960年に当地へ移り大谷山荘と名称変更をして60周年に当たる節目です。私は30周年の39歳で社長に就任、息子は41歳の時。交代後すぐコロナ禍となり大変でしたが、息子中心の若い世代が急激な時代の変化を前向きに捉え、頑張ってくれています」と語る。

大谷山荘の『設立60周年記念誌』を見ると、6〜7年おきに設備投資を行なっている。現在、別邸音信(おとずれ)とあわせ全116室・27タイプの客室がある。それを大谷会長は「時代の変化に対応するため」と説明する。「旅行者の団体志向から個人志向へのニーズにあわせ、かつ地域性など独自の魅力を提供するためです。変わらなければ生き残れない、苦楽の連続でした」とも話す。

外光を取り入れた吹き抜けロビーには水の流れを配し、館内にも音信川があるようで心地よい。「川の流れや木々の緑は心癒されますから。もともと音信川を挟んでこの温泉街ができていますし」と大谷会長。「自然を活かした造りです。設備や豪華さは都会の宿には叶いませんから。設計士の方と長年理解し合える関係性のもと、宿づくりを行ってきました」という。

今回の温泉街再生プロジェクトは、地域の原点である外湯の恩湯(おんとう)や音信川を見直して、「オソト天国」というそぞろ歩きの楽しさをテーマにする。大谷会長はこんな風に思いを語る。「自然を楽しんでいただく温泉街になった。これまで何度も説明会やワークショップが行われ、公民・地域の協力は非常に有り難いことです。以前のままでは、今のように若い人が散策する姿は見られなかったでしょう。私たちの仕事は健康産業。お客様に喜んでいただく仕事。息子は楽しいと思っているから宿屋を継ごうと思ってくれたのでしょう」。

4.「僕らはチーム」ステークホルダーツーリズム

界 長門は2020年3月の開業以来、幾竹優士さん(写真)はじめ歴代の総支配人が個性を発揮しながら、スタッフと懸命に温泉街の魅力づくりを行ってきた。赤間硯体験のご当地楽「大人の墨あそび」、温泉街の歴史にふれる「早朝参拝そぞろ歩き」、夜間景観を美しく撮影する「音信あかりみちさんぽ」、冬の風物詩・うたあかり開催期(2024年1月26日〜3月3日)の行灯絵付け体験「墨で彩る行灯そぞろ歩き」など、どれもスタッフの案内が付く楽しいアクティビティだ。

星野リゾートの星野佳路代表は、「2016年の長門湯本温泉マスタープラン策定から関わり、すごく時間がかかりコロナ禍もありましたが、温泉街は全体としてよい形で再生していると感じています」と話す。「駐車場を温泉街から離してそぞろ歩きの流れを作り、外来温泉施設は公募にて地元旅館経営者による運営で蘇り、社会実験や議論の場など紆余曲折がありましたが、『オソト天国』のコンセプトのもと、素晴らしい温泉街になりました」。

プロジェクト開始から現在までに15もの新規事業が開業したのは、他に類をみないことだ。旅館の収益性を示すレブパーは温泉地全体で、2019年比で約2割上昇という。そぞろ歩きのために各旅館が工夫をし、温泉街では民間事業者が空き家を活用したカフェやシェアハウス、バーやクラフトビール醸造所まで手がける。シェアサイクルやレンタカー事業、都市や空港からの直行バスや乗合タクシーの運行などは、アクセスに悩む地方にあっては理想的な取り組みだ。

星野代表は近年提唱するステークホルダーツーリズムの成功事例として、長門湯本の温泉街再生プロジェクトを国内外で紹介している。「公民・地域一体のチームが、時間をかけて課題にひとつずつ取り組んできました。後継者である若い世代が実力を発揮し、エリアを更新していくマネジメントの仕組みまで作り上げています。これこそ、“地域と旅行者を巻き込んだ”ステークホルダーツーリズムです。“地域とともにみながフェアになれる仕組み”の先進事例として、今後も私たち界 長門は、チームの一員として関わってまいります」と語る。

5.今後の展開、街の顔となる新しいホテル

2023年11月、温泉街の中心に建つ旅館六角堂の事業継承が発表された。「新たな街の顔」として、地域活性化への期待は大きい。また2023年12月の「第37回・にっぽんの温泉100選」では、「長門湯本、29位に飛躍」との見出しで大きく紹介され(観光経済新聞)、観光業界からの注目もどんどん高まっている。

これからも長門湯本温泉の関係者はプロジェクトに邁進する。「変わらなければ生き残れない」と何度も自問自答し、時には親世代を否定することになっても。まちづくりは果てしない。山あり谷あり苦楽の連続だ。しかし地域に暮らし、地域を訪れる人は、情熱的で朗らかだ。恩湯や音信川はもちろん、人にも癒される長門湯本温泉。ますます面白くなっていくことだろう。

取材は継続するが、本連載は今回で終了する。どうも有り難うございました。

写真提供> 各旅館、木下清隆、のかたあきこ

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