静岡は想像以上にお茶の国だった。「界 遠州」でお茶尽くし温泉旅

静岡県といえば、いうまでもなくお茶の国。静岡に行ったらきっとおいしいお茶が飲めるだろうなとは思っていましたが、「界 遠州」はその次元を超えていました。お茶好きにとっては天国のような場所。

そしてお茶初心者にとっては最高のコンシェルジュです。お茶に始まり、お茶に終わる、お茶まみれの滞在をレポートします。

江澤香織

ライター、プランナー

旅や食、工芸等を中心に、雑誌、書籍、WEB、広告等で幅広く執筆。企業や自治体と協働し、地域の文化を深掘りした旅行ツアー企画や観光促進サポートなども行う。著書『青森・函館めぐり クラフト・建築・おいしいもの』(ダイヤモンド・ビッグ社)、『山陰旅行 クラフト+食めぐり』(マイナビ)等。旅先での町歩きとものづくりの現場探訪がライフワーク。お茶とお酒と建築、猫好き。温泉ソムリエ。Instagram:@caori_ez_japon

館内ではたくさんのお茶たちが揃ってお出迎え

浜名湖のほとりにある「界 遠州」。東京から新幹線で浜松駅に到着し、舘山寺町行きのバスに乗って車窓を眺めていると、一気に爽快な気分になるほどの、目の前にぱあっと広がる青い空と湖。

その奥にはやなせたかしさんがキャラクターデザインを手がけた遊園地「パルパル」の大きな観覧車と、湖上をのんびり横断するロープウェイが見えてきて、まるでメルヘンのようなほのぼのとした風景。「界 遠州」は、このおとぎの国の眺望を真正面に見渡せる位置に建っていました。

フロントでチェックインをした後、「美茶楽ラウンジ」と呼ばれるラウンジを覗いてみると、キリッと整列したティースタンドが執事のように待ち構えておりました。なんと気の利く執事であることか。フレッシュな水出しのお茶をいつでも飲めるようになっています。

さっそく、喉の渇きを潤す一杯を。すっきり爽やかで、ああ、おいしい。お茶の中身はその日によって変わるそう。そして振り向くと反対側の壁際には…。

お茶缶が10種類以上、こちらもずらりと並んでいました。全て静岡県産。品種や製法がバラエティ豊かに揃っており、お茶の国静岡の堂々たるプライドが感じられます。ひとつひとつには味わいの特徴や淹れ方のコツが詳しく書かれたカードが設置され、マニア心をくすぐる配慮。お茶にあまり詳しくない人にとっては分かりやすい案内書です。

ここから自分が飲みたいお茶を選び、ラウンジでゆるりと飲んでもいいし、部屋に持ち帰って淹れてもいい。カードを読めば読むほど、どれもこれも飲んでみたいお茶ばかりで迷います。「界 遠州」だけのオリジナルブレンドもあります。

窓の外を見ると、青々としたつむぎ茶畑が広がっていました。お茶農家さんに手伝ってもらって、スタッフも一緒に畑の手入れをしているそうです。お茶の栽培を知ることで、より深くお茶のことを説明できる、と意気込むスタッフたちの熱意たるや。

ところどころにベンチがあり、ゲストは茶畑の中でくつろぐこともできます。茶畑で茶の木に囲まれながらお茶を飲むって、まるで童話の世界のようで、最高に優雅な時間なのでは。

お部屋にもお風呂にも、お茶が欠かせない!

お茶だらけのラウンジに驚嘆しつつ、お部屋に一歩足を踏み入れると、ここでもまた、お茶たちの歓待を受けることに。急須と湯のみがデザイン違いで3セットも用意されていますが、なぜに?!

チェックイン後にすぐ飲みたい「くつろぎ煎茶」、就寝前の「おやすみ煎茶」、朝起きた時に飲む「おめざめ煎茶」の3種類、それぞれ違う茶葉と茶器が用意され、それに合うお茶菓子までセットされていました。1日のシーンの中で、全部違う茶葉を、全部違う急須で飲めちゃうんです。贅沢が過ぎる。

そしてさらに、お湯を沸かすための南部鉄瓶とIHコンロが装備されている!(全室にあるそうです)お茶をおいしく丁寧に淹れて、その時間をとことん楽しむために、こだわり抜いた究極のおもてなし。これはきっと海原雄山(美味しんぼ)もびっくりではないだろうか。

お部屋でのんびりくつろいで、窓から夢のような風景を眺めつつ、好きなだけお茶を楽しめる。なんと豊かな時間の過ごし方であることか。お茶好きにはたまりません。

お茶には茶器の楽しみもあると思うのですが、鉄瓶や急須を使うのが楽しくなってくる、素敵な道具のセレクトです。お茶にきちんと向き合おう、ちゃんと淹れよう、とちょこっと背筋が伸びます。

はて、どこからかよい香りがするなあと思ったら、お部屋や館内のあちこちに茶香炉が置かれていました。お茶の香りにも癒される、心憎い演出。お茶とは五感で楽しめるものなのだと実感します。お茶の偉大なる底力を感じます。

さて、温泉に入りましょうかと大浴場へ向かってみたら、入り口でこれまたお茶の蛇口に遭遇。え、蛇口??なんと湯に入る前、入った後、そして入っている最中(脱衣所にもお茶がセッティング)、それぞれのおすすめのお茶が用意されていました。

入浴中にお茶を飲むことは体に良いそうで、ミネラル分を吸収し、免疫力の向上を期待できるカテキンの吸収力が約7倍高まるそうです。到着してからひたすらお茶を飲んでいるので、そろそろ自分の血液がお茶になっているような気がします。

お風呂の中でもお茶を発見。職人が手がけたヒバの露天風呂には、茶葉を入れた丸い籠「お茶玉」がプカプカと浮かんでいました。お湯の中にふんわりとお茶のいい香りが漂ってきて、至福の入浴タイム。どこまでも徹底的にお茶を追求するブレない姿勢には、並々ならぬお茶愛を感じます。

料理もお酒も、お茶を存分に味わい尽くす

お茶のことをもっとよく知るために、ご当地楽「美茶楽のおもてなし」という、お茶を学ぶプログラムに参加してみました。

季節によって内容は少しずつ変わり、私が行った春の時期は「花香る利き茶体験」。

今回はお茶の専門資格を持つスタッフが熱心に教えてくれました。花のように香る3種類のお茶を飲み比べて、うっとり。自分でおいしく淹れる方法も教えてもらい、日々適当に淹れて飲んでいたお茶がアップデートできるような気がしてきます。

「ご当地楽」のほかにも、シーズンによって茶畑に足を運ぶお茶摘み体験や、自分でお茶をブレンドする合組体験など、様々なプログラムがあるそうです。いつかお茶摘みも行ってみたいなぁ。

ディナーは浜名湖の名産であるフグとウナギが目白押し。浜名湖はウナギ養殖の発祥地で100年の歴史があります。また、浜松市沖にある遠州灘は、全国屈指の天然とらふぐの漁場なんだそう。その両方を味わえる「ふぐうな会席」にティーペアリングを重ねた、静岡食文化三つ巴ディナーでした。ディスプレイに使われた棚は、利休好みの山里棚をイメージしたそうで、お茶文化をユニークに表現しています。

ティーペアリングは、各料理に合うお茶がセレクトされていて、産地、品種、味わいなどがメニューに記されていました。写真のグラスは、牧之原の台地で育ったさえみどりという品種のお茶を水出ししたもの。ほんのり漂う穀物の香りが、料理の味を引き立ててくれます。

多様な味わいのお茶を料理と合わせて楽しむことは、意外とあまりできない経験です。お酒が飲めない人でも、かなりディープに楽しめるのでは。途中でお酒を挟んでみたり、気に入ったお茶を飲み続けたりするのももちろん自由です。

食後にまた「美茶楽ラウンジ」へ行ってみると、照明を落としたムーディーなバーカウンターに変身していました。ここでは、お茶とお酒をブレンドしたカクテル「おちゃけ」を楽しめる!(ノンアルのモクテルもあります)。この日は、ジンに茶葉を漬け込んで、桜のシロップやリキュールを加えたという、春らしい優しい香りのカクテル。最後までしっかりお茶でシメるという、存分過ぎるお茶尽くしでした。

ひたすら延々とお茶を飲み続けたので、お茶が体の中をぐるぐる巡ってなんとなくデトックスされたような気がします。お茶の色や香りにも癒されました。元々お茶は薬として広まった植物であり、そういえば徳川家康はお茶をたくさん飲んでいたから長生きした、って話もあるらしい。

ちなみに館内のお茶を全て飲むと20種類以上あるそうです。こんなにも至れり尽くせりでお茶をフィーチャーした宿は他にないんじゃないでしょうか。なかなかできない贅沢で貴重なお茶体験でした。

ご紹介した温泉宿

界 遠州

浜名湖を臨み煎茶に満たされる

浜名湖を臨み心安らぐ宿。中庭にはチャノキとツツジを植えた「つむぎ茶畑」が広がります。滞在中はお茶処静岡ならではの煎茶の奥深さが味わえます。