「界 雲仙」で、天国と地獄を行ったり来たり旅

日本では温泉の湧く場所を「地獄」と言うことがあります。 特に九州は地獄の密集地。昔の人は、地面の奥底からぶくぶく湧き上がる得体の知れない湯気や熱湯を不気味に思って地獄と呼んだらしい。

しかし地獄のおかげで天国がある。現代人は地獄を見ながら天国に浸る。そんな罪深き至高の背徳感を味わえる場所が長崎県にある「界 雲仙」でした。

江澤香織

ライター、プランナー

旅や食、工芸等を中心に、雑誌、書籍、WEB、広告等で幅広く執筆。企業や自治体と協働し、地域の文化を深掘りした旅行ツアー企画や観光促進サポートなども行う。著書『青森・函館めぐり クラフト・建築・おいしいもの』(ダイヤモンド・ビッグ社)、『山陰旅行 クラフト+食めぐり』(マイナビ)等。旅先での町歩きとものづくりの現場探訪がライフワーク。お茶とお酒と建築、猫好き。温泉ソムリエ。Instagram:@caori_ez_japon

地獄を眺めて天国に浸る

エントランスに一歩足を踏み入れると、眼前に広がるのは紛れもなく地獄。全面ガラス張りの大きな窓の向こうには、ひび割れた大地から真っ白い湯気がもくもくと立ち上っていました。いきなり地獄とのご対面です。

「雲仙地獄」は、この地域の代表的な観光名所。チェックインを済ませて部屋に入ってみると、もちろん全室地獄ビュー。まるで怪獣映画の特撮みたいな雰囲気でもあり、迫力満点です。「なんだこれは!」「爆発だ!」と岡本太郎のように叫ばずにはいられません。

窓の外が地獄である一方、室内は天国感に溢れています。教会のような、心洗われるステンドグラスのようなカラフルなパーテーション。長崎といえば大小無数に教会が立ち並び、キリシタンの歴史がある街です。

天井にはビードロを使用したポップな照明、玄関には波佐見焼のワンポイントオブジェなど、長崎の異国情緒な雰囲気と伝統工芸を散りばめた、この土地ならではのインテリアが素敵。お部屋のキーにもステンドグラスのキーホルダーが付いていてかわいいです。

今回泊まったご当地部屋「和華蘭の間」は、ゆったり浸かれる露天風呂と、防水の寝椅子が置かれて風呂上がりも広々寛げる「湯上がりスペース」がありました。

部屋の名称は「露天風呂付き客室」ではなく「客室付き露天風呂」!部屋全体が風呂を優先につくられています。露天風呂から見える景色は地獄。でもこちら側は天国オブ天国。天国と地獄が表裏一体。ウホウホした気持ちで地獄を眺め、まるでまんじゅう怖いの心境です。

温泉に入る前には「温泉いろは」という講座があり、この土地の温泉の歴史や泉質の特徴、身体に良い温泉の入り方などを専門のスタッフに教えてもらえます。雲仙は昔「温泉」と書いてウンゼンと読んだくらい、温泉と馴染みの深い地域だそう。

「界 雲仙」のまわりには徒歩で行ける気軽な地獄スポットがたくさんあり、大地から源泉の噴出するダイナミックな風景があちこちに広がっていて驚きます。ここでしか見られない驚異的な世界。
近くには温泉神社や温泉卵を売る店があり、うろちょろ散歩するだけでも楽しい。(カステラを作る菓子屋やお土産屋、角打ち付き酒屋などもあって意外と充実)

大浴場へも行ってみました。内湯の窓には大きなステンドグラスがあり、特に朝の光の中では、ガラスの優しい色彩が壁や湯船に投影され、その幻想的な様子にいつまでも眺めていたくなります。うっとりし過ぎて長湯には注意。

泉質は鉄や硫黄などを含むpH2.8の酸性泉で、日によって含有量が変化するため、湯の色が変わるそう。露天風呂は岩に囲まれたワイルドタイプで天気が良ければ夜には満点の星空を眺めることもできます。

ユニークな長崎文化を堪能する

界ブランドの宿では、「ご当地楽」と呼ばれる、その土地らしい伝統文化の魅力に触れる様々な講座があるのですが、ここでは活版印刷体験を行っていました。長崎は、日本で初めて活版印刷が行われた場所だそうです。

ずらっと並んだ本物の活字から、使いたい文字や数字をピンセットで選び取り、職人気分でひとつひとつ枠にはめ込んで行きます。決まった型がベースにあるので初心者でも大丈夫。最後は印刷機にセットして、実際に紙に転写するところまで体験できます。

プリントものにはない、活版ならではのインクの滲みや文字のブレなどにレトロ感と手仕事の味わいを感じられ、なかなか満足度の高い仕上がりです。

ディナーにも長崎らしさが詰まっていました。最初に出てくるのは、先付けの「“鬼やらい”湯せんぺい 豚角煮リエット」。温泉水を使って焼いた雲仙の名物「湯せんぺい」を小づちでカツンと割り、邪鬼払いするところから始まります。

豚角煮は長崎発祥の伝統的な宴会料理である卓袱料理に欠かせないもの。湯せんぺいをクラッカー代わりにリエットを乗せて食べるおしゃれな演出。これはちょっと真似したいかも。

酢の物や八寸、お造りなどを盛り合わせた「宝楽盛り」にも、長崎文化が盛り込まれていました。卓袱料理をイメージする朱色の丸い円卓に和洋中入り混じった料理が並び、賑やかで楽しいご馳走です。

島原の珍しい郷土料理「いぎりす」もあります。イギリス料理ではなく、イギス藻という海藻を使った料理なのですが、テリーヌのように固められているので何となく洋風の雰囲気もあります。酒のつまみにもうってつけです。

メイン料理は「あご出汁しゃぶしゃぶ」。あごとはトビウオのことで、長崎で親しまれている上品な味わいの出汁です。フグや豚肉を出汁でしゃぶしゃぶして食べる至福の時間。最後は五島うどんを投入して華麗なるフィニッシュ。もうひたすら天国極楽。長崎の食文化を、少しマニアックに捻りを効かせつつ、幅広く楽しめるディナーでした。

食後には夜だけ出現する特別なラウンジ空間「和華蘭ラウンジ」へ。万華鏡のような精細な光がキラキラと瞬く映像が投影された幻想的で不思議な世界。今流行りのプロジェクションマッピングをより優雅にロマンティックにしたような。このアート演出には大浦天主堂のステンドグラス修復時に実際に使われたガラスの端材が活用されているとのこと。

この美しい空間でレトロな「ステンドグラスカクテル」や長崎のご当地ドリンク「ミルクセーキ」などを味わうこともできるそう。夢心地に光を眺めて無になれる贅沢な時間。これまた天国体験です。

早朝から再び地獄へ繰り出す

温泉天国三昧を過ごし、ふわふわお布団でゆっくり眠った朝は、少し早起きして「現代湯治体操」に参加。長崎の文化を盛り込んだオリジナル体操はちょっとユニークで面白い動きがあったりしますが、筋肉がほぐれ、体も軽くなります。さらに「雲仙地獄パワーウォーク」というアクティビティにもジョイン。

呼吸を意識し、普段より早足で全身を使って地獄をあちこちウォーキングしながら、見るべきスポットをスタッフがガイドしてくれるという一石二鳥のツアーです。朝は人も少ないので、より原始的な雰囲気で迫力ある湯気を堪能。最後は広場に出て地面に寝っ転がり、体にほんのり地熱を感じながらストレッチや瞑想を行い、心身を整えます。大地の地獄パワーを全身で受け止め、元気がみなぎってくるような気がします。

地面が暖かいため猫のたまり場にもなっているようで、驚くほどいっぱいいるいる。最高の場所でぬくぬく温まる猫たち。地獄は猫天国だったのでした。

結局、私が行ったのは天国だったのか地獄だったのか。天国も地獄も最高だったので、どちらでも良いのだけれど。天国も地獄も存分に満喫した、楽しい雲仙旅でした。

ご紹介した温泉宿

界 雲仙

地獄パワーにふれる、異国情緒の宿

長崎由来の文化をデザインした館内は異国情緒が漂う空間。温泉地獄と地続きの宿では癒しとともに活力もみなぎる滞在をお過ごしいただけます。