旅人の声で綴る

十人十色の一人旅

「星のや富士」で、アウトドア初心者が本気の狩猟とジビエ料理を体験

江澤香織

ライター、プランナー

旅や食、工芸等を中心に、雑誌、書籍、WEB、広告等で幅広く執筆。企業や自治体と協働し、地域の文化を深掘りした旅行ツアー企画や観光促進サポートなども行う。著書『青森・函館めぐり クラフト・建築・おいしいもの』(ダイヤモンド・ビッグ社)、『山陰旅行 クラフト+食めぐり』(マイナビ)等。旅先での町歩きとものづくりの現場探訪がライフワーク。お茶とお酒と建築、猫好き。温泉ソムリエ。 Instagram:@caori_ez_japon

山梨県・河口湖畔の深い森の中に佇む宿「星のや富士」。日本初のグランピングリゾートとして、豊富なアウトドアアクティビティが魅力です。その中でも特に注目したいのが、秋の限られた時期にだけ開催される「狩猟体験ツアー」。地元のベテラン猟師さんと一緒に山に入って狩猟の流れをリアルに体験し、ジビエ料理も食べられる!という骨太な内容。アウトドアには全く疎い私が果たして耐えられるのか、と完全に及び腰でしたが、山梨のジビエはおいしいらしい、という魅惑の言葉に釣られ、おひとりさま体験してきました。

着いた瞬間から、アウトドア感満載

「星のや富士」は、河口湖畔の山の麓にレセプションがあり、到着するとまず、壁にずらーっと並んだカラフルなリュックサックから好きなものを選んで滞在期間中貸してもらえます。これがどれも可愛いデザインで、結構テンション上がる。そして専用車に乗って山道をGO!これからアウトドアに挑むのだ、という気分が高まり、不安とワクワクが入り混じります。

宿泊は、山の中腹にある不思議な形のキャビン。全室河口湖を見渡せる方向に大きな窓が向いており、その眺望は決して大げさでなく、言葉を失うほどの絶景でした。ここにつらつら書くのは無駄だと思うほどの凄さなので、ぜひ現地でじっくり眺めて欲しい(お天気によって風景は変わります)。すっかり気分が盛り上がりました。

バルコニーにはふかふかのソファがセットされ、もうここに座ってただ刻々と変わる自然の風景を眺めながらのんびりお茶でも飲み、日がな一日ぼーっと過ごしたいくらいなんですが、いやいや、狩猟に向けて少しは足腰を鍛えないと!

狩猟の前には、グランピングマスターと呼ばれるアウトドアのプロと一緒に敷地内を散策し、森の生態系を学びます。「星のや富士」は山の斜面に自然と共存しながら建てられており、敷地内はほぼワイルドな森。移動もほぼ登山。急坂の山道が多く、かなり広大!(約6ha) 動物の足跡や、餌を食べた痕跡を見つけることも。時には鹿にひょっこり遭遇することもあるそう。

でも途中にはハンモックがゆらゆら揺れる広場があったり、焚き火でマシュマロを焼くデッキスペースがあったり。森林浴もできて、運動するにはちょうど良い疲労感。一番上まで歩くと「ライブラリーラウンジ」と呼ばれる小屋があり、自然やアウトドアに関する本を読みながらお茶を飲んで寛げるようになっていました。またつい休憩。

一人でも遊べる要素が多々あり、夜はライブ演奏や、お酒の提供などもありました。アウトドア初心者にも楽しめる、優しい配慮が散りばめられ、居心地も良し。

山梨の幸をふんだんに盛り込んだ豪華ジビエディナー

夕食は待望のジビエディナー(通常は狩猟後の夜にいただきます)。「フォレストキッチン」と呼ばれる、アカマツの森に囲まれた野外の特別なスペースへ。テーブルにはダッチオーブンやガスバーナーなど本気のキャンプ用調理道具がずらりと並び、果たして自分にできるだろうか?と一瞬怯みましたが、ここでもまた頼もしいグランピングマスターが登場。一緒に料理を仕上げる参加型スタイルでした。面白いところだけ自分でやり、難しい部分はマスターがやってくれるという、なんと都合の良いことか。キャンプ道具の簡単な使い方も教えてくれるので今後に役立ちそうです。アウトドアがちょっと身近になり、もしやソロキャンできるのでは、と急に妙な自信が出てきます。

「星のや富士」のスタッフには狩猟免許を持っている人もおり、毎日早朝から山に入り、ベテラン猟師に同行して、リアルな狩猟の現状をお客様にお伝えするようにしているそう。

山梨県は近年ニホンジカの生息数が増大し、農林業が深刻な被害を受けているのですが、ただ害獣駆除するのではなく、命ある天然資源を地域の特産物として大切に活用しようという取り組みから「やまなしジビエ」の認証制度を制定しています。より安心・安全で高品質な鹿肉を提供するため、解体方法や衛生管理など、かなり厳しいガイドラインを設けており、「星のや富士」ではもちろん、「やまなしジビエ」の認証を取得したジビエを取り扱っています。

さらに山梨といえば果物王国であり、野菜も種類豊富。山ではきのこや山菜も採れます。県産フルーツをたっぷり使ったソースやヴィネガーに、旬の野菜や山の幸を存分にあしらった、猟師スタイルの贅沢なガストロノミックワイルドディナー!ジビエは思ったより繊細に風味豊かな味わいで、自分もほんの少し調理に加わっているせいか、そのお楽しみ気分もまぶされた格別なおいしさでした。

リアルな狩猟の現場に立ち合う

さて、いよいよメインの狩猟体験へ。狩場は本栖湖近辺の樹海エリア。早朝に本物の猟師さんが待っていました。同行するのは罠猟。あらかじめ猟師さんが動物の通り道などあちこちに罠を仕掛けており、獲物がかかっていないか一緒にチェックします。森の仕組みや動物たちの生態などを猟師さんに教えてもらいながら森の中を歩いていると、猪が走って残したまあるい暴れ跡を発見。生き物の気配を感じます。そして見上げると、まあまあ大きな鹿が見事罠にかかっていました。(自然のことなので、何にもかかっていない日も多々あるそうです)

この時点ではまだ生きている状態でしたが、この後ハンマーで叩いて気絶させ、止め刺しをします。最後に鹿がキュンと鳴いた声が森の中に響き渡りました。息絶えた鹿は、トラックに積んでジビエ処理加工施設へ運びます。

施設では、解体も少し手伝わせてもらいました。猟師さんがきれいに皮を剥ぎ、ナイフで部位ごとに切り分けていくと、だんだん鹿肉になっていきます。触ってみると心臓はまだ温かく、足も脈打っており、少し前まで生きていたことを実感します。自然の恵みと厳しさ、命の大切さとは。懺悔と感謝の気持ちが複雑に交差しながら心に迫り、今も強く記憶に残る、忘れられない体験でした。

鹿がどんどん解体されていくと、猫たちが集まってきました。みんなぷるぷると太っています。猟師さんが切れ端をぽいっとあげると、もりもり元気に食べ始めました。ちゃっかり者の猫たち。生きるとは、自然の掟とはそういうものなのか。

ひと通り解体が終わると、すっかりお昼の時間になっていました。朝から動いていたので、気付けばお腹がぐうぐう鳴っています。生きているなら何かを食べなければならない。猟師さんが食堂に案内してくれ、手作りの猟師飯を振舞ってくれました。そこには清らかな光がぱあっと差し込み「愚かな人間どもよ、心して鹿を喰らいたまえ」と神の声が聞こえたような気がしました。

おいしさの上にありがたさが折り重なって、粛々と祈るようにいただきました。猟師さんが手をかけ心を込めた料理は、細胞に染み込むような滋味深さ。料理のひとつひとつが輝いているようでした。人はお腹が空いたら命あるものを食べる。尊い命を無駄なくいただく。その大切さが心にも胃袋にも深く響きます。

鹿にまつわる山梨の伝統工芸を学ぶ

さて、山梨県には「甲州印伝」という伝統工芸品があります。これは鹿革に漆で美しい模様をあしらい、バックや小物などに加工したもの。鹿革は軽くて柔らかいため、その昔は武具などに使われ、戦国時代の武将にも重宝されていたそうです。武田信玄も鹿革の袋を愛用し、「信玄袋」と呼ばれていたとか。山梨の歴史と日常に深く根付いた鹿。「星のや富士」では、甲州印伝の漆付けを行うワークショップがあり、こちらも体験してきました。

講師は「印伝の山本」3代目で伝統工芸士の山本裕輔さん。印伝は現在、輸入の鹿革で作られることがほとんどだそうですが、山本さんは「やまなしジビエ」認定の鹿革を使ったブランドを立ち上げて価値を高め、地域に貢献するなど、伝統工芸に新しい風を送っています。

漆付けは実際難しい作業ですが、山本さんに的確に指導していただき、なんとか無事完了。きれいにできると達成感があります。かわいいパスケースに加工して後日送ってもらいました。

最初は少しビビっていたおひとり様アウトドアでしたが、アクティビティはスタッフも一緒なので安心。自然の中でリフレッシュできて、一人の時間も寂しさは感じませんでした。狩猟というややハードな体験は、一人だからこそ素直な気持ちで向き合えたかもしれません。生き物の死と対面することは、人によってはかなり辛いことかもしれませんが、得難い貴重な経験だったと思います。

狩猟を通して山梨の雄大な自然、命の尊さ、歴史や食文化、伝統工芸など、多くの気付きと学びを得られた濃密で満足度の高い、充実した時間でした。

*記事の中でご紹介した「狩猟体験ツアー」は期間限定のアクティビティです。詳しくは施設サイトをご確認ください。

<施設のご紹介>

星のや富士

明日が分からない、丘陵のグランピング

河口湖を望む丘陵に溶け込むように建つ、日本初のグランピングリゾート。焚き火を眺めるひととき、広大な赤松の森で愉しむ食事、自然を感じながら身体を動かす爽快感。四季を通して屋外で快適に過ごす空間と、はじめてとの出会い。数多のインスピレーションを受けて、夢中になる休息があります。

シングルユース優待

2泊3日(1名・食事なし)
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48400~