京都人の私が、高知のよさこいに魂を燃やすまで。

※本記事は、OMO7高知で働くスタッフの一人、加藤 大雅さんが語る、ホテル開業から今に至るまでを奮闘記です

なぜ、私は京都から来て踊っているのか

OMO7高知の夜の顔、「よさこい楽宴(らくえん)LIVE」。

毎晩、1階のOMOベースに鳴子の音が響き渡り、僕たちOMOレンジャーが汗だくで踊る、熱気あふれるショーです。

ありがたいことに、このショーが終わると、お客様から興奮した様子で声をかけられます。

「地元の踊り子さんですか?」

「昔からダンスを?」

そのたびに私は笑顔でこう答えます。

「いいえ、私は京都出身で、ダンス経験はゼロ。高校時代は剣道一筋でした」

そう、私は生粋の京都人。

そんな私が、なぜ縁もゆかりもなかった高知の地で、毎晩ステージに立っているのか。

それは、自身のルーツと、この土地の持つ強烈な熱量、そして「飲み会」から始まった、濃すぎるほどの“ご縁”の物語なんです。

私のルーツと芽生えた危機感

私のルーツを少しお話しさせてください。

私は京都の酒造を商いにしている家の分家に生まれました。

古い町屋や寺社が日常にある環境で育ち、日本文化が生活に息づいていることの豊かさを肌で感じていました。

しかし、大学時代、その「当たり前」の風景が、実は非常に危ういバランスの上に成り立っていることに気づきます。

京都の町屋の修繕、寺社の維持。その多くが補助金で賄われている現実。

「自分たちで稼いだお金で修繕する」という、ビジネスとして自走する仕組みが、そこにはあまりありませんでした。

「これは、持続可能ではないな」と。 強い危機感を覚えました。

文化や伝統は、ただ「守る」だけでは残せない。

その価値を正しく伝え、ビジネスの力を使って収益を生み、未来に繋いでいく仕組みが必要だ。

そんな思いを、漠然と抱きながら星野リゾートに入社しました。

「面白そう」な高知と、100時間の壁

入社後、石川県、北海道、長崎県での勤務を経て、OMO7高知のオープニングに向けた公募がありました。

その内容は、私の目を引くものでした。

「スタッフが毎晩、よさこいを踊るホテル」

正直、その時までよさこいのことなど何も知りませんでした。ですが、「面白そうなことやってるな」と、その一点で手を挙げたんです。 高知に来て、私の「よさこい漬け」の日々が始まりました。

そして、すぐ壁にぶつかります。

私たちの「よさこい楽宴LIVE」をプロデュースし、振り付けを担当してくださっているのは、振付師/ダンサーの國友裕一郎さん。

高知のよさこいのレジェンド的な存在の方です。

ダンス未経験の私が、國友さんの求めるレベルに達するのは並大抵のことではありませんでした。

最初の踊り子たちが一人立ちするまでにかかった時間は、実に100時間。

それは単なる振り付けの練習ではありません。

まずは「踊れる体」を作るための体幹トレーニングから。

プランク、腕立て……。

剣道で体を動かしていたとはいえ、使う筋肉が全く違います。

國友さんの指導は、プロそのもの。

「腕をまっすぐ」

「指先がだらしない」

「角度が違う」

特に難しかったのは、「鳴子」です。

ただ振れば鳴るものではありません。手首のスナップ、指の動き、腕全体を使う振り。

そのインパクトのタイミングが全員で合わなければ、あの迫力ある音は出ないのです。

高知文化の「表現」と、「謎の飲み会」が変えたもの

しかし、最も苦労したのは技術的なことよりも、「表現」でした。

國友さんは、振り付けの一つひとつに高知の文化的な意味を込めています。

「ここの腕の動きは、高知の豊かな『稲穂が風に揺れる』イメージで」

言っている意味は分かる。でも、それを体で表現できない。

國友さんの世界観を、ダンス経験ゼロの私が体現する。

そこに一番の苦労がありました。

「練習は辛くなかったですか?」

とよく聞かれますが、不思議とネガティブにはなりませんでした。 なぜなら、練習と並行して、私は高知の「街」に積極的に飛び込んでいたからです。

この「街」に飛び込むきっかけもまた、國友さんでした。

練習を続けていく中で、仕事だけでなく、プライベートでもお世話になる仲になっていた時、ある「飲み会」に誘われたことがありました。

そこは、よさこいが好きな人たちが集まる、とてつもない熱量の空間。

高知の人々は、お酒が入ると本当に熱い(笑)。

京都から来た新参者の私が、お酒の力を借りて

「日本の伝統文化を守りたくて、ビジネスの力でなんとかしたいんです!」

と宣言すると、皆さんが「面白いやつだ」と受け入れてくれたんです。

そこから、世界は一気に広がりました。

高知大学でよさこいを研究する先生のゼミに参加させてもらったり、高知市役所のよさこい祭り運営委員の方や、老舗の豆腐屋さん、果てはブラジルでよさこいを運営している方とまで飲み明かし、語り合いました。

そこで知ったのは、高知の人々にとって「よさこい」が単なる祭りではなく、アイデンティティそのものであるという事実です。

彼らは本気で、この文化を誇りに思い、未来に繋ごうとしている。

その熱に触れた時、私の中で点と点がつながりました。

京都で抱いていた「文化をビジネスの力で持続させたい」という思いと、高知の人々の「よさこいを未来に残したい」という熱量。

今、100時間かけて練習しているこの踊りは、その二つを繋ぐ架け橋になるんじゃないか、と。

私がカツオを焼き、踊る理由

高知のよさこいにも課題はあります。

地元の方々は

「高知が発祥なのに、札幌や東京の方が目立っている」

と悔しがっています。

しかも、本物のお祭りは年にたった4日間。

一方、OMO7高知にお越しになるお客様の多くは、よさこいを見たことがない方がほとんどです。

だからこそ、私たちの「よさこい楽宴LIVE」に大きな意味があるんです。

私たちのショーは、お客様にとって高知の文化に触れる「最初の入り口」。

「高知って、こんなに面白い文化があるんだ!」と知ってもらうこと。

そして、「次は、本場のよさこい祭りの時期に来たい」と思ってもらうこと。

お客様に高知の文化を全身で楽しんでいただくため、舞台に立ち続けます 。

それが、私がよさこいを踊る最大の理由であり、使命です 。

私たちOMOレンジャーには、この大切な高知の文化を継承していく使命があります。

だからこそ、「よさこい楽宴LIVE」の演出は、常に試行錯誤を繰り返し、進化し続けなければならないと考えています。

お客様に「また見たい」「高知って面白い」と感じていただくために、最高のショーを届け続けたいのです。

そして、その「進化」へのチャレンジは、すでに始まっています。

高知の「よさこい祭り」は、本物のお祭りが年にたった4日間しかない「夏の風物詩」として確立していますが 、私たちの「よさこい楽宴LIVE」では、四季ごとの高知らしさを表現するステージへと昇華させたい。

これは、これまで誰も挑戦をしたことがない、新しい発想と自由な表現をもとにした、まったく新しいチャレンジです。

この「進化」を必ず成功させ、どの季節にお越しいただいても、その時々の高知の魅力を深く感じていただけるステージを、必ずお届けしたいと強く意気込んでいます。

ちなみに、私はOMOダイニングでカツオの藁焼きも担当しています。

LIVEのMCで「カツオ食べた人ー!」と聞き、「私が焼きました!」と言うと、ドッと盛り上がる。

お客様との距離が縮まり、高知の文化を全身で楽しんでもらえている、と感じる瞬間です。

高知の熱を、未来へ

大学時代に思い描いていた「ビジネスと文化の融合」は、やってみると本当に難しい。

でも、OMO7高知のよさこい楽宴LIVEを見て

「楽しかった」「感動した」

とポジティブに受け取ってくれるお客様の姿を見るたび、私たちの活動は、よさこい文化に確実に良い影響を与えていると実感します。

これからも、もっと高知の街と深く関わり、この「よさこい楽宴LIVE」を、高知の文化がもっと広く伝わるツールとして、最高に面白いショーにしていきたい。

京都で抱いた使命感と、高知で出会った熱量。そのすべてを鳴子の一振りに込めて、今夜もステージに立ちます。

OMO7高知

こじゃんと楽宴 さぁ、夜さ来い!

ご当地のもてなし「おきゃく文化」を表現する楽宴(らくえん)を体験できるホテル。楽宴とは、色とりどりの高知の食で彩られた皿鉢(さわち)ビュッフェの夕食からスタートし、毎日開催するよさこいに感動、大浴場で癒された後には、二次会がお部屋で続く、高知の楽しい夜をお楽しみいただけます。