冬の奥入瀬なんて誰も来ないーー1億円の赤字を解消させた「氷瀑ライトアップツアー」の誕生秘話

白い闇に包まれる、冬の奥入瀬渓流

春の鮮やかな新緑、夏の青々とした苔、そして秋を彩る紅葉。青森県十和田市に位置する「奥入瀬渓流」は、日本の自然美を代表する景勝地として、毎年多くの観光客を魅了しています。しかし、かつてその客足は秋の終わりとともにピタリと途絶えていました。冬が訪れると、周辺の観光施設は一斉に扉を閉ざし、路線バスも運休します。積雪はあるもののスキーリゾートではないこの地は「冬にわざわざ訪れる理由のない場所」として完全に忘れ去られていました。

奥入瀬渓流ホテルも例外ではありませんでした。2008年以降、ホテルは毎年長い冬季休業に入っていたのです。秋の営業が終わると、スタッフは冬の間にスキー客でにぎわうトマムなど、全国のグループ施設へ異動していました。地元採用のスタッフも多く、年に4〜5か月、家族と離れて暮らさなければならない生活は、心理的にも大きな負担となっていました。「奥入瀬で年間を通じて働ける環境を作りたい」——それはホテルにとっても、スタッフにとっても長年の切実な課題でした。

「水の流れていない渓流に誰も来ない」社内の反対と暗闇の魅力会議

2010年代半ば、当時の総支配人である宮越俊輔を中心に、通年営業への模索が始まりました。しかし、代表の星野佳路からは厳しい言葉が飛んできます。

「水の流れていない渓流には、誰も来ないんじゃないか」

冬の奥入瀬は農業用水確保のために水門が閉じられ、水量が減ってしまうためです。 社内には「無理して冬に営業しなくても、冬に需要が高い他の施設へスタッフにヘルプで異動してもらってはどうか」という合理的な意見もありました。失敗すれば運営会社としての実力を疑われる大勝負です。それでも、青森を愛するオーナーからの「3年、いや5年赤字でもいいから通年での営業を実現させよう」という後押しを受け、宮越たちは腹をくくりました。

宮越はネイチャーガイドの丹羽裕之とともに冬のホテルに残りました。暖房も電気も最小限に抑えられた暗闇の館内。フロントの裏で身を寄せ合い、「冬の奥入瀬を訪れる理由」を探す“魅力開発1000本ノック”が始まりました。

なぜ「氷瀑」だったのか? 隠された冬の絶景

スノーシュー体験やスキープランなど、数々のアイデアを出し続ける中で、宮越と丹羽たちはある一つの自然現象に着目します。それこそが、冬の厳寒が生み出す氷の芸術「氷瀑(ひょうばく)」でした。

春から秋にかけては豊かな木々の葉に覆われて見えなかった岩肌や滝が、冬になると葉が落ち、その全貌を現します。そこに厳しい寒さが加わることで、流れる水がそのまま凍りつき、巨大な氷の壁となって渓流沿いに姿を現す——それまで地元の人々すら観光資源として意識していなかった、冬だけの奥入瀬の景色でした。

当時、青森の冬の観光といえば、八甲田の壮大な「樹氷」がその代表格として広く知られていました。しかし丹羽たちは、この奥入瀬の「氷瀑」にも、八甲田の樹氷に並ぶ青森の新たな冬の魅力になり得る、とてつもないポテンシャルが秘められていると感じていました。

「特別保護地区でライトアップなんて絶対無理だ」——直面した最大の壁

「氷瀑を夜にライトアップしてみたらどうか」

奥入瀬渓流最大の名瀑・銚子大滝でライトアップのテストを行った際、暗闇の中で光を当てると、氷の眩い輝きや雪の繊細なテクスチャーが鮮やかに浮かび上がりました。現場にいたスタッフから「これ、いいじゃん!」と歓声が上がり、丹羽自身も「これはおもしろい!」と胸を躍らせました。しかし、一歩引いて冷静になったとき、丹羽の頭には強い不安と葛藤が押し寄せてきます。

奥入瀬渓流は「国立公園の特別保護地区」であり「特別名勝および天然記念物」。照明機材の常設や電源工事は一切許されず、過去には環境への影響から町のライトアップ事業が中止された経緯もありました。

「特別保護地区でのライトアップなんて、絶対に無理だ。下手に強行して環境破壊だと言われたら、かえってホテルのイメージダウンになってしまうんじゃないか……」

自然を愛するネイチャーガイドだからこそ、国立公園への影響と厳しい環境規制の壁の重さを誰よりも理解していました。半ば諦めかけ、「多分、無理だと思います」と弱音を吐く丹羽。その折れかけた心を救ったのは、普段は誰よりも温厚な総支配人・宮越の姿でした。いつも穏やかな宮越が、まるで氷を溶かすような情熱を持っていたと丹羽は語ります。単に映える景色を作るのではない。自然環境を徹底して守り抜いた上で、国立公園内でライトアップを行うことにどんな意義やストーリーを持たせられるのか。宮越の強い意志と熱量に触れ、丹羽の心にも再び火が灯りました。

同志となった行政と、官民一体で生み出した「走るライトアップ」

宮越や丹羽の姿勢は、周囲を巻き込んでいきます。「冬の奥入瀬に新たな光を灯したい」という想いに応えるように、十和田市や十和田観光機構の担当者らが、事業者と行政という垣根を越え、まさに同志のような立場で立ち上がってくれたのです。彼らは最も大きなハードルであった環境省との調整や手続きにも積極的に奔走してくれました。国の「国立公園満喫プロジェクト」の後押しも受け、パナソニックがチームに加わります。

ここで生まれたのが、「常設がダメなら、必要なときだけ照らして移動させればいいのではないか」という逆転の発想でした。車道のすぐ横に氷瀑が現れる奥入瀬ならではの地形を活かし、大容量バッテリーと高輝度LEDを搭載した「移動式ライトアップカー」の開発へ結びついたのです。

「ただ明るく照らすだけならどこでもできる。奥入瀬でしかできない、自然に敬意を払った演出にしよう」

丹羽はパナソニックの技術チームと膝を突き合わせ、光の角度や影の出方を追求しました。さらに、バスの運行ルート、渋滞対策、野生動物や一般の通行人への配慮、極寒期事故リスクなど、想定されるあらゆるリスクをチーム全員で徹底的に洗い出し、安全担保と環境配慮を両立させたオペレーションを作り上げていきました。バスが到着した数分間だけ、計算し尽くされた光が氷瀑を照らし出す——。特別な装備を持たない観光客でも、暖かなバスから降りて数歩で幻想的な絶景に出会える、「走るライトアップツアー」がここに完成したのです。

1億円の赤字、7年目の歓喜

2017年12月、ついに冬季営業がスタートしました。 しかし、現実は甘くありませんでした。初年度の冬の稼働率はわずか10%台。広い館内に数組しか客がおらず、累計の赤字は約1億円にまでのぼりました。

「最初は宿泊者よりスタッフの数のほうが多かったよね(笑)」と丹羽が振り返るほど、過酷な船出でした。社内からの懸念の声や積み上がる赤字に直面しながらも、宮越たちが突き進むことができたのは、「自分たちの手で冬の奥入瀬に価値を作る」という意地があったからだといいます。

「冬の奥入瀬に、こんな素晴らしい景色を作ってくれてありがとう」過酷な現場でツアーを磨き続ける中で届いた、地元の方々からの感謝の言葉。苦しい状況の中でも、その声こそがスタッフの背中を静かに、しかし強く押し続ける原動力となりました。日中ツアーの拡充、防寒具やホットリンゴジュースの提供など、丹羽たちは現場での進化を続けました。やがてメディア露出や海外からのインバウンド客の増加が追い風となり、当初「3年」と踏んでいた黒字化は、7年目についに達成されたのです。

冬の奥入瀬を、誰もが訪れたくなる場所へ

2026年現在、かつて閑散としていた冬の奥入瀬渓流ホテルは、連日活気にあふれるホテルへと生まれ変わりました。氷瀑ライトアップツアーを目的に訪れるゲストも多く、ツアー参加者は累計53,000人を超えています。ホテルの挑戦をきっかけに、冬になると店を閉めていた周辺の飲食店も営業を開始し、地域全体に冬の新しい賑わいが定着しました。

「水の流れていない渓流に誰も来ない」と言われた場所で、宮越や丹羽をはじめとするスタッフと地域のパートナーが粘り強く照らし続けた冬の魅力。 ただ明るく照らすのではなく、暗闇があるからこそ浮かび上がる氷と雪の美しさは、今も冬の奥入瀬を訪れる多くの人々に驚きと感動を届け続けています。

宮越 俊輔(みやこし しゅんすけ)

1997年4月入社。2015年から4年間、奥入瀬渓流ホテルの総支配人を務め、2017年には、約10年間冬季休業していた同ホテルの通年営業再開を実現。現在は軽井沢星野エリア「トンボの湯」で活躍中。

丹羽 裕之(にわ ひろゆき)

ニセコや十和田湖でのカヌーガイドを経験し、奥入瀬渓流を中心に、自然、登山、スキーのガイド業に従事。2013年に星野リゾートへ入社し、アクティビティユニットの立ち上げに携わる。現在はNPO法人理事長兼ネイチャーガイドとして活動。

奥入瀬渓流ホテル

唯一無二の渓流ステイ

奥入瀬渓流沿いに建つ唯一のリゾートホテル。渓流が目の前に広がる露天風呂や岡本太郎作の巨大暖炉が印象的なロビーが癒しの空間を醸し出します。「渓流スローライフ」をコンセプトに心から満たされる滞在を演出します。