【日本の温泉の歴史】とにかく清められたい。日本人とお風呂の原点〜禊(みそぎ)から寺湯、外湯へ〜

「お風呂が好きな日本人」。そのルーツをたどると、「汚れを落とす」より先にあった「清める」という感覚に行き着きます。神社の手水、沐浴とも呼ばれる禊、そして仏教とともに広がった寺の湯。やがて湯は僧侶や高貴な人だけのものではなく、「みんなのもの」となり、銭湯や温泉地の外湯といった公衆浴場へとつながっていきます。

今回はお風呂探偵・のかたあきこが、湯の歴史を手がかりに、外湯文化が息づく温泉街とおすすめの宿を2つご紹介します。

のかたあきこ

旅ジャーナリスト・編集者

「町、ひと、温泉、宿」をテーマに30年、全国を旅しながら情報発信。テレビ東京「ソロモン流」で旅賢人と紹介される。温泉ソムリエアンバサダー、銭湯検定1級、サウナ・スパ管理士、日本茶インストラクターほか資格多数。著書に『温泉街リノベーション』『はじめまして、谷川岳』『手わざの日本旅〜温泉旅館「界」の楽しみ方〜』がある。

禊と穢れ、お風呂の原点は「清め」

神社でお参りする前、手水舎で手と口を清めます。この行為は、穢れ(けがれ)を祓うという日本の宗教文化に根ざした「清め」の作法です。古代の日本人は、病や死、災いを穢れと捉え、聖なる「水」で身を清めてきました。川や海、湖などで行う禊(みそぎ)がその代表です。

沐浴という言葉があるように、「沐」は髪を洗うこと、「浴」は体を洗うこと。 沐浴での清めの風習は紀元前にさかのぼり、3世紀末の中国の歴史書『魏志倭人伝』にも、その様子が記されています。

6世紀に仏教が伝来すると、水での清めはやがて温かい湯へと広がり、風呂文化・温泉文化へとつながっていきました。
(参考「銭湯検定公式テキスト1 」草隆社)

寺の湯が「みんなの湯」をつくった

清めは本来、神事や祈りの前に行う特別なものでした。ところが仏教が広まると、寺院に浴室や蒸し風呂(温室)が設けられ、僧侶が身を清める場となります。やがて湯は寺の中だけにとどまらず、病人のケアや民衆への施し(ほどこし)として、寺の湯は開放されました。

これが施湯(せよく)、別名「寺湯」です。多くの人を無料で入浴させることから「施し」の字が当てられ、仏教布教の役割も果たしました。

無料で湯に入れる場所が寺にあった。その体験は、人々の暮らしを変えます。湯は特別なものから、当たり前のものへと広がっていきます。寺で湯を浴びる体験を知った人々は、やがて「自分の町にも湯が欲しい」と願うようになります。

家に風呂がない時代、湯は「まちのインフラ」だった

江戸時代に町に広まった銭湯文化は、その後も人々の暮らしに根づきました。戦後しばらくまで、家にも旅館にも風呂がない時代が続きます。湯に入る場所は、町の公衆浴場。そこで人は体を洗い、疲れを落とし、情報を交わし、日常を整えてきました。

そして温泉地では、この役割を「外湯」が担います。宿だけで完結しない。温泉街そのものが、湯のある暮らしの舞台になる。外湯文化の温泉地には、そんな面白さがあります。

外湯文化の温泉地に泊まる〜おすすめの2軒〜

外湯文化が色濃く残る温泉地として、おすすめしたい宿を2軒ご紹介します。

界 加賀(石川県・山代温泉)

開湯1300年の歴史を持つ山代温泉。温泉街の中心に、総湯・古総湯(こそうゆ)という外湯があり、広場を囲むように宿が並ぶ「湯の曲輪(ゆのがわ)」の風景が広がります。界 加賀は、その古総湯の目の前。宿から外へ出て、町の湯を浴び、また戻る。そんな温泉街らしいそぞろ歩きの時間が楽しめます。

古総湯は、明治時代の総湯を忠実に復元した建物です。こけら葺きの屋根、九谷焼タイルや拭漆(ふきうるし)、ステンドグラスが彩る浴室では、地域の文化に包まれる感覚が味わえます。界 加賀の宿泊者は、自由に利用できます。

客室は加賀友禅や水引、九谷焼をあしらったご当地部屋「加賀伝統工芸の間」。18室には温泉の露天風呂があり、心身をほぐします。とろりとした感触の温泉は、よく温まり、肌が整う、ナトリウム・カルシウム–硫酸塩・塩化物泉。

界 長門(山口県・長門湯本温泉)

界 長門では、温泉街の歴史や湯の背景に触れる体験プログラムが充実しています。「厄除け開運ふく滞在プラン」(期間限定)をはじめ、地域とともに歩む湯の物語を受け取れるのが魅力です。

開湯600年余。山口県最古の温泉地・長門湯本温泉の象徴が、立ち寄り湯の恩湯(おんとう)です。岩盤から源泉が湧き出す様子を眺めながら深い湯船に身をゆだねる体験は、「清め」の原点に触れるようです。古刹・大寧寺ゆかりの源泉として大事にされ、「神授の湯(しんじゅのゆ)」とも呼ばれています。

客室はご当地部屋の「長門五彩の間」で、徳地和紙・萩焼・萩ガラス・大内塗といった伝統工芸とコラボレーション。大浴場には源泉かけ流しのぬる湯浴槽と、熱めの浴槽があり、温冷交互に入浴することで血行を促進します。pH9.49のアルカリ性単純温泉は化粧水の成分に近いそうで、肌がしっとりと潤います。

「清める湯」は、温泉街の魅力そのもの

お風呂探偵として歴史をたどってみると、日本のお風呂は最初から「体を洗うだけの場所」ではありませんでした。禊から寺湯、外湯へ。日本のお風呂文化はいつの時代も、人が清められ、整う場所をつくってきました。温泉街の外湯は、その文化が今も息づく入り口です。

※掲載のイラストはすべてイメージです。

ご紹介した温泉宿

界 加賀

加賀の伝統を新たな感性でもてなす

加賀温泉駅から車で10分、新しい感性が息づく加賀伝統の温泉宿。加賀友禅や水引などをあしらったご当地部屋「加賀伝統工芸の間」で寛ぎ、夕食では「九谷焼の器と料理のマリアージュ」に舌鼓。美肌の湯と言われる山代温泉の湯浴みや、迫力の加賀獅子舞を披露と加賀文化にひたるご滞在をお楽しみください。

界 長門

屋敷門を抜け温泉街をそぞろ歩く宿

山口県を代表する長門湯本温泉。江戸時代の「御茶屋屋敷」をデザインした造りが特徴の温泉宿です。湯浴みの後は川沿いの遊歩道や温泉街のそぞろ歩きが楽しみです。