絶景の部屋付き露天風呂を楽しむ、「界 仙石原」でお篭もり母娘旅

秋には一面黄金色に輝くススキが美しく、四季折々の景色が楽しめる仙石原。周りには別荘や美術館が多く、観光客が溢れかえる箱根の中で最も落ち着いたエリアといえそう。人は体や心が疲れている時ほど温泉を求める気がします。

なぜか今年は激務が続き、疲弊し切った心が求めたのはやっぱり温泉。手帳を眺め、日月ならなんとかなる!と思った瞬間にポチったのは、部屋ごとに露天風呂がついているという「界 仙石原」。最も気楽な旅友である娘を誘い“ふたりきり温泉”という、贅沢な母娘旅に出かけてみました。

今井 恵

エディター&ライター

雑誌『ku:nel』のスタッフエディターをはじめ、雑誌、書籍、WEB、カタログで美容、旅、人物インタビューのページなど幅広く執筆。旅が何よりのストレスを解消で、どこでも眠れるのが特技。趣味は韓国ミュージカルやバレエを観ること。そして猫をお腹に抱えて寝るのが幸せ。Instagram:@megumomi

インテリアとしてアートが楽しめるご当地部屋

「一歩も外に出かけずに、ひたすらお風呂と部屋で弛緩したい」。話すことでストレスを発散するのは、女性が生まれ持ったDNAだと思います(私調べ)。お湯に浸かりながらしゃべり、部屋でもしゃべれる同性こそが温泉の旅友にふさわしいと考える私。今回はその中で最も気を使わない相手である娘を誘いました。

社会人2年目で、大人の階段を登り始めたのはいいものの、毎日の通勤に疲れ、人づきあいに疲れ、さらに営業のノルマに疲れ果て、見ていてなんだか余裕がないのです。帰宅してもご飯を食べて部屋に直行。朝もギリギリまで寝ており、毎日バタバタと慌ただしく不機嫌な顔で出かけていく姿を見ていると、母のテンションもダダ下がり。これは温泉にでも誘ってじっくり話を聞こうじゃないかと、この旅を思い立ちました。

箱根湯本駅から箱根登山鉄道に乗り換え、初のスイッチバックに早くも感動する娘。強羅駅からタクシーで向かうと、道の途中にあるのは別荘や温泉宿ばかり。途中に見えたポーラ美術館に「次は美術館巡りもしたいな」と呟きながら「界 仙石原」に到着。

入り口からは長いエスカレーターに乗って、ディズニーランドのアトラクションに向かうようなワクワク感。でもその先にあったのは、静けさ漂うロビー。中央の杉の原木は箱根の歴史や時間の積み重ねを表現したもの。その装飾を囲むようにレセプション、ショップ、後にご当地楽を楽しむ「アトリエライブラリー」がぐるりと並んでいます。

「界 仙石原」のコンセプトは「アート心が湧きたつアトリエ温泉旅館」。実は開業前、スロベニア、イタリア、ドイツ、中国など国内外のアーティスト12名が宿泊し、箱根の自然や文化を存分に体験し、そこから得たインスピレーションをもとに作品を制作したのだそう。

私が泊まった202号室にはサンフランシスコ生まれの日本人、田中紗樹さんが手がけたアクリル画が飾られていました。田中さんがこの客室で感じた“静(せい)”そして芦ノ湖の風や空の色から感じた思いを“動(どう)”として、この絵に表現されたそう。生命感と躍動感を感じるタッチと明るい色使いがシックな部屋に素晴らしいアクセント。眺めているだけで楽しい気分になりました。

部屋からの自然あふれる絶景を眺め、娘も「うわ、久しぶりの非日常!うれしいよ〜」と一言。この言葉が聞けただけでやっぱりきてよかった……。

ベッドとリビングスペースの間には小田原のガラス作家ipada(イパダ)の濱舘寛さんと村木未緒さんのガラスのランプシェードが置かれているのですが、日が落ちてくるとライトの灯りふわりに幻想的な雰囲気を演出します。

そして「界 仙石原」は全室のテラスに露天風呂がついています。大きな温泉の開放感もいいのですが、部屋にあると気負うことなく温泉にはいれるのが最高。しかも湯船からの絶景! 荷物を片付けていたら、早速娘が温泉に入り始めました。

なんと湯船の中に色鉛筆のスタンドが浮き、お湯に浸かりながらデッサンができるという驚きの演出。次に温泉に入ろうとしたところ、娘が早速外の景色を描いたデッサンが残っていてびっくり。その絵から彼女の心のゆとりが感じられ、絵を見て思わずほっこり。

母と娘が並んでアートに没入

夕食前には「アトリエライブラリー」に向かいました。ここは客室に展示してあるアーティストの作品や、約2000本の色鉛筆が用意され、好きなときに部屋に持ち帰ってスケッチブックに絵を描くことができるのです。私と娘は界でおなじみのご当地楽を楽しみました。

さすがアートの宿、ご当地楽もオリジナルの手ぬぐいを作るアート体験です。型染め作家、小倉充子さんによるオリジナルの手ぬぐいに布クレヨンで好きな色を載せて世界で一枚だけの手ぬぐいをつくります。母が選んだのは箱根の野鳥や草花をあしらった手ぬぐい。食いしん坊の娘が選んだのは箱根のおいしい名産品の図柄です。なんだか大人の塗り絵気分で楽しい!気がつくとふたりとも無言で一心に色付けしていました。

中学、高校時代、ノートや教科書の端にちょいちょいイラストを描いていた娘。意外とこういう作業が好きなのかなーと物書きで絵は大の苦手な自分とは違う一面が新鮮。母と娘という感性が違うふたりが並んで一心に色や図柄と向き合う。そして出来上がった作品(?)をお互いに眺めて笑い、語り合う。日常ではなかなか作れない貴重な時間でした。

五感で楽しむ箱根の美食

お風呂に入ったり、手ぬぐいに色を塗ったりしているうちに、すっかりお腹が空きました。格子で仕切られた半個室の食事処は、気兼ねなくおしゃべりしながら食事が楽しめます。今宵のメニューは「雲丹出汁海鮮しゃぶしゃぶ会席」。年齢とともにサシの入ったお肉が苦手になってきたので、海鮮と聞いた瞬間胃袋が喜びます。

何より楽しみなのが先付けや宝楽盛りといった界の名物である眼と舌で楽しめる小鉢のあれこれです。先付けはサーモンの瞬間燻製とフルーツと小野菜。ガラスの蓋を持ち上げると大涌谷の噴煙のような煙がふわっと立ち上がってサプライズ。燻製のサーモンが噛み締めるごとに美味しい。サーモン好きの娘は早くもテンションマックス。

続いての宝楽盛りは大涌谷の広がる噴煙をイメージしたという錫素材の器の上に八寸が乗っています。手をかけたそれぞれの違いを味わいながら、仕事のこと、お友達のこと、こちらが促さずとも娘が喋る喋る。こちらもふーんと相槌を打ちながら、お互い箸を動かすのも忙しい(笑)。これよ、これ、私が求めていた時間はと、心の中でニンマリ。

メインは金目鯛を出汁でしゃぶしゃぶしてその上に雲丹を乗せてくるっと巻き、口に運ぶというなんとも贅沢なお鍋です。海老と雲丹でとった濃厚なお出汁は合間に飲み干すほどおいしく、締めにお出汁で作った雑炊は絶品で、娘が底なし沼のような食欲を見せてくれました。

デザートをいただく頃には母娘ともども口が聞けないほどの満腹感。器と演出、素材と味付け。厨房の皆さんが描くアートを堪能したかのような素晴らしい会席をいただきました。

手づくりアートを旅のお土産に

「界 仙石原」にはお篭もり滞在にぴったりなお楽しみがいろいろ用意されています。手ぬぐいに続いて娘と楽しんだのが、初めての「ハーバリウムづくり」。雑貨屋さんなどで目にしたことがあると思いますが、ブリザードフラワーやドライフラワーといった植物やガラスを瓶に入れて、専用のオイルに浸して作るインテリアフラワーです。

アートの宿とあって「箱根ガラスの森美術館」のガラスが素材の中にあり、どれを選ぼうか母娘でワイワイ。テレビをつけないからこそ会話が弾み、日常ではなかなか作れない母娘で同じものに取り組む時間って素晴らしい!

母はピンク系でまとめ、娘はブルー系。話には聞いたことがあるブリザードフラワーを自分で作るなんて思いもしませんでした。仕上がりをぼんやり想像しながらピンセットで瓶の中にガラスを敷き、花をセッティング。これがなかなか思い通りにいきません。でもオイルを流し込むと花がふわりと立ち上がり、あら、なんか綺麗じゃない?

翌朝、朝の自然光の中で写真を撮ると、ガラスを通った光が美しく、いいお土産ができました。

白濁の湯は肌をつるりとなめらかに

朝に弱い娘を叩き起こし、大浴場で朝風呂も楽しみました。大涌谷から引いたお湯は、少し白濁した酸性-カルシウム-硫酸塩・塩化物温泉。pH 2.1の酸性とは果物のレモンとほぼ同じレベルなのだとか。

昨夜参加した「温泉文化いろは」で箱根温泉の成り立ちを伺ったところ、その昔この辺一帯の水は強酸性で田畑を枯らしてしまうため“毒水”と呼ばれていたのだとか。そこにNHK大河ドラマ『青天を衝け』でおなじみの渋沢栄一らが“造成温泉”という発想により、大涌谷から噴出している火山性ガスに箱根の水を混合させて生み出す技術で今の温泉の基礎を築いたのだそう。

「界 仙石原」の湯は、肌の脂分やタンパク質を落とすので、つるっとなめらかになる感じ。ぴりつきを感じる人もいるそうですが、私はあまり感じず。左側の湯船が硫酸塩の“あつ湯”で右の湯船は真湯の“ぬる湯”、外の露天も“真湯”です。あつ湯でしっかり温まった後にぬる湯に浸かると肌が落ち着き、より温泉の効能を感じることができるそう。

酸性泉は刺激が強いのであまり長湯は推奨せず、最後に真湯で温泉の成分を落とすのがおすすめです。お風呂上がりの肌はしっとりすべすべという言葉がぴったり。ボディミルクのノリがよく、これぞ美肌の湯と実感しました。

ちなみに夏の間、「界 仙石原」では露天風呂の温度を体温に近い35〜36度の「不感温度」に調整し、温泉療法専門医の知見に基づいた「クールダウン浴」を実施しています。

アート体験と極上の湯と食事で余すことなくお篭もりを楽しめた「界 仙石原」。アートといっても構えてしまうような小難しさではなく、さりげなくインテリアとして楽しめ、体験も楽しく取り組めるプログラムを用意していただけるおかげで、それをきっかけに日頃とは違う母娘の会話が楽しめました。娘の意外な一面を垣間見た気もしますが、もしかするとあちらも母の意外な一面を見ていたかもしれません。

女子旅に限らず、息子さんやパートナーを誘ってアートの旅を堪能してみてはいかがでしょう。「俺、アートは苦手だから」という男子は多いものですが、温泉を餌に引っ張り出し、お互いの見えなかった一面を楽しむ。そんな温泉旅も素敵ではないかと思います。

ご紹介した温泉宿

界 仙石原

アートに包まれ表現する温泉宿

国内外12名のアーティストにより描かれた絵が展示され、表現欲を刺激されるアトリエ温泉旅館。全室露天風呂付きの客室からは、仙石原高原の雄大な景色を眺められます。